当初、アシックスは、ナイキの厚底シューズに市場を席巻され、厚底にシフトしようとしたという。だが、現場では「エリートランナー以外には向かない」「本当にいい靴を消費者に届けたいから反対だ」という声が多かったという。
しかし、現実には、アシックスが誠実な靴を作り続けても、消費者は厚底に飛びつき、ほぼ全員そちらに移ってしまう。「それならうちで、足に良い、一般の人が履いても大丈夫な厚底を作ることが消費者のためになる」という考え方で、厚底シフトに完全に踏み切り、同社は現在、シェアを急速に巻き返している。その結果、業績も株価も絶好調となっている。
これが、「厚底」“イノベーション”によるビジネスモデルの成功だ。ナイキのイノベーションとは、カーボンプレートや厚底というテクノロジーでもコンセプトでもなく(実際、アシックスは、歩くための厚い底のシューズを先に出していた。それはまったく別の考え方で歩行者のために作られたもので、現在の厚底とは別物だ)、キプチョゲ、ナイキ、見映え、売り方、それらの勝利なのである。
これこそイノベーションだ、と多くのビジネススクールでは教えるだろう。それはそれで構わないが、本質的なポイントは、消費者との情報の非対称性を最大限利用したビジネスモデルであることなのだ。しかし、わかりやすく「何もわかっていない消費者からぼったくる」のがポイント、と言ってしまってはおしまいなので、誰も表立っては言わないだけだ。
アップルのジョブズも「優れたビジネスマン部分99%」
しかし、イノベーションと世間に思われているほとんどのビジネスモデルは、この構造だ。
アップルのiPhoneはブラックベリーを一般消費者に(ブラックベリーはプロ向けだ)売り込むことに成功しただけであり、パソコンでもIBMに比べ、技術的にもコンセプト的にも、画期的に新しいものではない。消費者にウケるように、見映えよく改善させたものだ。スティーブ・ジョブズは、イノベイターというより、優れたビジネスマンの部分が99%だったのである。
マイクロソフトが儲かったのも、ウインドウズという概念よりも、その後の「OS」と「Office」による囲い込みおよび独占禁止法との戦いをうまくやったからであることは、誰でも知っている。またテスラも、電気自動車そのものは独自技術ではないし、ただイーロン・マスクというブランドで急上昇してきただけで、失速し始めている。
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