32歳で介護離職した彼女がむしろ幸福そうな理由 フランスで働いていた彼女が親の介護の日々に

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「これは絶対言っちゃいけないと思ってたけど……私、クラシックって興味なかったんです。『自分が1番自分らしくいられるのは、この世界ではない』って、昔からどこかで気づいていました。今思えば、『この仕事を大事にしたい』っていう気持ちは、呪縛だったんですよね」

宮本さんは、違和感に気づきながら、離れられずにいたのだ。演奏の仕事は、誰もが望んで手に入れられるものではない。しかも、その仕事がアイデンティティになっていて、「この仕事をやっていなければ、自分らしくなくなってしまう」と思っていた。だから16年間、違和感があっても見て見ないふりをして、一生懸命その環境を守ってきたのだった。

しかしいつしか、自ら選び取ったはずの仕事が、自らを縛るものになっていた。苦しいけど、手放せない……。そんなとき、父の看取りと母の介護が、強制的に手放すきっかけを与えてくれた。

「これは、私がそう思い込もうとしているかもしれないんですが……またお父さんが辞めさせてくれたんだなって、今は思っているんです。そうまでしないと、自分では仕事を手放せなかったので。仕事よりも大切なことがあるっていうことを、気づかせてくれた気がします」

「なにもしてなくても自分は価値がある」と気づいた

現在宮本さんは、地元で一人で暮らしている。2023年の年末まで母親の在宅介護をしていたが、病状が進行したことと、精神的にも肉体的にも宮本さんの負担が大きくなったこともあり、2024年のはじめから母親は施設へのお試し入居を始めたのだそうだ。

久々にできた、ひとりの時間。「いま、ちょっと呆然としていて」と、宮本さんは現状を教えてくれた。

「今まで毎日やっていた介護がなくなって、燃え尽き症候群というか、ポツンと、無人島にいるような感じで。自分がどうやって生きていこうかを、考える時間になっています」

どうやって生きていこうかを考える中で、不安も湧いてくる。

「不安の種は、やっぱり仕事ですね。これから私に何ができるんだろうかとか、本当にいろいろと考えます」

しかし、今感じているのは不安だけではない。「実は、希望も感じているんです」と宮本さん。その希望とは、介護をする生活の中で父親や母親が気づかせてくれたことだ。

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