斎藤幸平氏「大学で『古典』を読むべき理由」 新入学生に贈る令和版「大学で何を学ぶか」

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堀内:斎藤さんとは立命館大学稲盛経営哲学研究センターの「人の資本主義研究プロジェクト」でご一緒させていただいたのが最初のご縁ですが、私もビジネスサイドから、人間や人生の根源を問うような哲学や思想といったものが大事だと思っています。それで、ビジネスと学問の間に立つ実務家教員として大学で指導にあたっているのですが、東大をはじめ各大学の立派な先生たちが、実社会との接点をきちんと持たれているのか、そしてその学問的成果が実社会に還元されているのかということについては疑問に思うことがあります。

学者という狭い「枠組み」の中で考えると、良い論文を書いて、良い発表をして、学会の中で評価されるということが一つの目指すべき方向性としてあるのは理解できます。しかし学者同士で一生懸命難しい話をしていても、それだけではダメで、哲学にしても思想にしても、世の中との関わりをどう考えるか、そして最終的にはどのように「良き社会」を実現していくのかということがボトムラインにあるべきではないかと考えています。

実社会の不都合なものを変えていく

たとえば、経済学の大家で、「ノーベル経済学賞に最も近かった日本人」と言われている故・宇沢弘文先生は、後半生は学者の世界ではメインストリームを外れてしまったと批判されたかもしれませんが、水俣病問題や成田闘争の現場に飛び込んでいって、「豊かな経済生活」や「人間的に魅力ある社会」をどうすれば実現できるのかを問い続けました。

現在はそうした学問と実社会をつなごうという学者がとても少なくなっているような気がします。私が親しくさせていただいている範囲ですと、大阪大学社会ソリューションイニシアティブ(SSI)長の堂目先生は、より良い未来を構想するシンクタンクをつくって、世の中に働きかけていこうとしていますが。

斎藤さんは、気候変動の問題でも積極的に発言したり、テレビ出演やNPOの活動にも関わったりと幅広く活躍されていて、現実社会との接点をしっかりと持とうとされている点で、私の感覚に合っていると思っています。アカデミズムと実社会との関わりといったところについて、斎藤さんがどうお考えかをうかがえればと思います。

斎藤:私が影響を受けたサイードは、パレスチナ系アメリカ人でパレスチナの側に立った発言や、中東の問題についてアメリカに対して厳しい発言していました。これは現在のガザ侵攻をめぐるアメリカの空気感を考えると、すごく勇気のいることです。にもかかわらず、彼がアメリカ社会に対して厳しい発言をし続けたということは、彼自身、アカデミズムの世界で認められればよいとは考えておらず、実社会に働きかけて不都合なものを変えていかねばならないという決意からです。

それは学者はこの世界で本当に苦しんでいる人に比べれば、相当に恵まれている。自分は単にそうした立場に安住するのではなく、その力を社会を変えていくために使う必要がある。サイードやチョムスキーが良い例ですが、研究活動と社会を良くしていこうとする実践的な活動は切り離してはいけないことだと思います。

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