ゴールデンカムイの「カムイ」はいったい何なのか 大ヒット漫画を通して、アイヌ文化を分析する

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知里幸恵の『アイヌ神謡集』には、「沼貝が自ら歌った謡『トヌペカ ランラン』」という話があります。沼が干上がったために「水よ水よ」と、水を求めて泣いていた沼貝を、通りがかったサマユンクㇽという人の妹が「おかしな沼貝、悪い沼貝」と言って、蹴っ飛ばして踏んづけて行ってしまいます。

その後、オキキㇼムイという人(本当はえらいカムイ)の妹がやって来て、沼貝たちをフキの葉で運んで、きれいな湖に入れてくれます。女たちの素性を知った沼貝は、サマユンクㇽの粟畑(あわばたけ)を枯らせ、オキキㇼムイの粟畑をよく実らせたという話なのですが、なんで沼貝が粟の実り具合に関与できるのでしょうか? それは沼貝が何のヤクを持って人間世界にやって来ているのかという話に関係します。

沼貝を邪険に扱うと、穀物が実らない

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沼貝はカワシンジュガイというのが正式和名で、アイヌ語ではピパと呼びます。けっこう大きな二枚貝で、昔の人たちは鍋の具にして食べました。私も千歳(ちとせ)のアイヌの人たちと一緒に千歳川にもぐって、川底の砂の中にいるこの貝を足の指ではさんで捕って、焼いて殻が開いたところに醬油(しょうゆ)を垂らして食べたことがありますが、大変おいしいものです。

このように、食料としての肉を人間にもたらすというのも、沼貝のヤクのひとつなのですが、それに加えて、その貝殻の片方のふちを砥石(といし)でとぎ、穴をふたつ開けて紐を通して、粟やヒエなどの穂を摘む穂摘み具として使います。

13巻125話はフチがこれを使って穂摘みをする場面から始まります。つまり沼貝は農作物の収穫を手助けしてくれる道具を持って人間世界にやって来てくれているのであり、それも彼らのヤクなのです。だから、沼貝を邪険に扱うと穀物が実らなくなり、食べる物に困るという罰を受けることになるのです。

もっとも、沼貝が泣きながら「水よ水よ」と叫んでいるところにでっくわしたら、私など踏んづけるどころか、その場から一目散に逃げ出してしまうと思いますが。

中川 裕 千葉大学文学部教授

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なかがわ ひろし / Hiroshi Nakagawa

1955年横浜市生まれ。1978年東京大学文学部卒業。1984年東京大学人文科学研究科博士課程中退。専門は言語学、アイヌ語学、アイヌ口承文芸学。1995年第23回金田一京助博士記念賞受賞。2018年「アイヌ語復興への寄与」などにより、文化庁50周年記念表彰授与。週刊『ヤングジャンプ』誌掲載の野田サトル氏の漫画『ゴールデンカムイ』のアイヌ語監修者。著書として『アイヌ語をフィールドワークする』(大修館書店)、『アイヌ語千歳方言辞典』(草風館)、『アイヌの物語世界』(平凡社ライブラリー)、『語り合うことばの力』(岩波書店)、『アイヌ語のむこうに広がる世界』(SURE)、など多数。

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