魂売った?ホロコーストの裏に「極限の駆け引き」 ユダヤ人リーダーが移送責任者と結んだ取引の成否
ハレヴィ判事は裁判で、カストナーを「悪魔に魂を売った」と批判した。カストナーは列車の行きつく先に何が待っているか知っていたにもかかわらず、その情報をユダヤ人社会に伝えなかった、と非難された。
もし、救済擁護委員会がアイヒマンと協力せずユダヤ人を組織して鉄道輸送に抵抗していたならば、せめてハンガリーのユダヤ人社会に正確な情報を伝えていたならば、輸送に時間と手間がかかり、効率的にユダヤ人をアウシュヴィッツに輸送できなかったろう。
ナチスに協力しなかったとしても、多くのユダヤ人が殺されたにちがいないが、抵抗するべきだった、そう考えることもできる。実際、1943年ワルシャワでは絶望的ななかでユダヤ人たちが蜂起し、その鎮圧にナチスの親衛隊は多くの労力と時間を費やさなければならなかった。
裁判はカストナーの非を認定、カストナーはイスラエル政府の職を辞する。裁判を機に、彼はイスラエルでもっとも悪名高き人物となった。妻は心労で起き上がれず、娘は学校で石を投げられる状況だったらしい。そして、カストナーは、同胞のユダヤ人によって自宅前で暗殺される。
判事の批判にはいくつかの疑問
カストナーは「悪魔に魂を売った」のか。
ハレヴィ判事の批判にはいくつかの疑問が浮ぶ。カストナーとアイヒマンの交渉と契約は対等なものだったか。カストナーはアウシュヴィッツで何がおきているか正確に知っていたのか。さらに、正確に知っていたとして、カストナーが正確な知識をユダヤ人社会に伝えたとき、何が生じると予想できたか。
そして最後に核心となる問いに答えなければならない。当時の状況のなか、カストナーのとった「契約」以外のいかなる形でハンガリーユダヤ人を救出できたろうか。
カストナーはアイヒマンと対等に取引ができたわけではない。カストナー自身ユダヤ人であるから、ナチスの秘密警察に逮捕される可能性もあった。ブダペストの路上で親衛隊に射殺されることも充分考えられた。その気になればアイヒマンがアウシュヴィッツ送りを命令できたのである。
現実には、常に自分自身と家族に降りかかる身の危険を感じながら交渉していた。こうした取引を、通常の状況下での契約のごとく考えることはできない。
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