「6浪が理由で就活惨敗」追い詰められた彼の顛末 どん底だった20代、32歳で長年の夢をかなえた

✎ 1〜 ✎ 59 ✎ 60 ✎ 61 ✎ 最新
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
濱井正吾 浪人 
浪人や就活、さまざまな苦難を乗り越えた海洋さんの現在は。写真はイメージ(写真: bee / PIXTA)
浪人という選択を取る人が20年前と比べて1/2になっている現在。「浪人してでもこういう大学に行きたい」という人が減っている中で、浪人はどう人を変えるのでしょうか?また、浪人したことによってどんなことが起こるのでしょうか? 自身も9年の浪人生活を経て早稲田大学に合格した経験のある濱井正吾氏が、いろんな浪人経験者にインタビューをし、その道を選んでよかったことや頑張れた理由などを追求していきます。
今回は、6浪で私大の工学部に入学したあと、海洋系の大学に30歳で入学。32歳で航海士になった海洋さん(仮名)にお話を伺いました。
著者フォローをすると、連載の新しい記事が公開されたときにお知らせメールが届きます。

年齢が原因で内定取れず

この連載の一覧はこちら

多浪を経験した人が一度は気になるのが、「就活」の問題だと思います。

新卒一括採用の仕組みがまだ根強い日本企業では、年齢を重ねるほど、採用が不利になると言われています。今回お話を伺った海洋さん(仮名)も、6浪を経験した後の就職活動で、年齢が原因で内定が取れませんでした。

しかし彼はその絶望を乗り越えて、32歳で長年の夢であった航海士になるという夢をかなえました。

今回は、彼がどん底に陥った20代前半までの6年と、そのロスを取り戻すため猛烈に頑張った20代後半〜30代前半にかけての8年について深掘ります。

海洋さんは東京都23区の下町に生まれました。

「両親は戦前生まれで、どちらも地方の出身者です。母は専業主婦で、父は大学進学とともに東京に出てきて、卒業後は有名電機メーカーで開発エンジニアとして定年まで働いていました」

関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事