相続税も圧縮?大正製薬の「MBO」は誰のためか 7100億円を投じる「上原一族」には複数の利点

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このタイミングでの非上場化という決断の裏には、これまで見てきた大正製薬固有の事情に加えて、上場企業を取り巻く環境の変化の後押しもあっただろう。2023年にはベネッセHDやシダックスなども、オーナー家主導のMBOに踏み切っている。MBOの件数は増加傾向にあり、金額規模では2023年が過去最高となった。

背景には、金融庁が主導するコーポレート・ガバナンスコード(CGコード)の強化と、東京証券取引所による市場改革がある。上場企業にとって、こうした新たな方針に対応するためのコストが上がっているのだ。

例えばCGコードでは、2022年からプライム市場とスタンダード市場の上場企業に対し、取締役個別の能力や資質をまとめたスキルマトリックスの開示を要求している。取締役に選ばれた理由について、投資家などのステークホルダーにわかりやすくすることが目的だ。

親族などの縁故者を役員に起用することが多いオーナー系企業ほど、スキルマトリックスの開示はプレッシャーになる。実際には血縁関係などを理由に選んでいる場合でも、「企業経営」や「グローバル」などの観点で資質があると説明する必要があり、投資家などから「もっと適切な人選が可能では」と指摘を受ける可能性も出てくる。

オーナー企業の市場退出は狙い通り?

東証の市場改革で新たに設けられた指標の「流通株式比率」と「流通株式時価総額」も、オーナー経営者にとってはわずらわしい。プライム市場は上場維持基準として、流通株式比率の下限で35%、流通株式比率と時価総額をかけて計算する流通株式時価総額で100億円を定めており、下回ると一定の猶予期間を経て上場廃止になる。

こうした基準を満たすためには、投資家との積極的な対話や、保有株式の放出が必要になる。いずれも証券会社やコンサルティング会社に依頼すれば費用がかかる。プライム企業には重要情報の英文開示の義務化も検討されるなど、上場維持コストはどんどん膨らんでいる状況だ。ちなみに大正製薬は、プライム市場の上場基準を満たしながら、スダンダード市場を選択している。

そもそもCGコード改訂や東証の市場再編が行われた根底には、オーナー系企業や成長性の乏しい企業が上場を続けており、市場全体の新陳代謝が進んでいないという問題意識があった。上場維持のメリットとコストをてんびんにかけ、コストが上回ったから退出するという企業の判断そのものは、金融庁や市場関係者の狙い通りとも言える。

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