相続税も圧縮?大正製薬の「MBO」は誰のためか 7100億円を投じる「上原一族」には複数の利点
MBOを通じて相続税を圧縮する仕組みはこうだ。
まず、株式を相続する際、上場会社か非上場会社かによって相続税評価額の計算方法が大きく変わる。上場会社の場合は時価に基づいて算出する一方、非上場会社の場合は税法で定められた一定の計算式によって算出される。これが大きな節税効果を生む理由の1つだ。
上原家の相続税を概算するうえでは、大手門株式会社と、その100%子会社となる大正製薬それぞれについて評価額の計算が必要だ。関係会社の株式が総資産の半分以上を占める「株式保有特定会社」に該当すると、割高な評価額となる計算式が適用される。大正製薬については、該当する可能性があっても、不動産や債券の取得によってこれを免れることができる。
一方、親会社である大手門株式会社は、総資産のほとんどがこの大正製薬の株式となるため、株式保有特定会社に該当してしまう。しかし同社はMBO実施に際して、銀行から借り入れを行っている。すると、その負債額によって保有株式の評価額は相殺される。
仮に大手門株式会社が大正製薬の評価額を上回る資金を銀行から借り入れていれば、理屈上は大手門株式会社の評価額をゼロにすることも可能となる。そうなれば、昭二氏が持つ同社の株式を、ほとんど税負担なく後継者に相続できるようになる可能性もゼロではないのだ。
特殊スキームに透ける次世代への継承
次世代への経営権の移行をにらんだMBOであることは、そのスキームからもうかがえる。
大正製薬によると、親会社となった大手門株式会社の普通株式を取得できるのは、上原明氏の息子である上原茂氏、治氏、健氏の3人だけ。名誉会長の上原昭二氏など3人以外の親族や、上原一族が代表を務める上原記念生命科学財団と上原美術館には、それぞれ議決権のない優先株式が割り当てられる。
税理士の岸田氏はこのスキームについて、「経営者として一線を退いた昭二氏や明氏に税負担の軽い相続財産を保有させつつ、茂氏、治氏、健氏の3人が支配権を持つ経営体制をつくることが目的では」と推測する。茂氏への贈与が容易となり、結果として茂氏による経営の基盤を固められる、という見立てだ。
会社法上、1%の株式を保有していれば株主総会で議案を提起することができるほか、3%の議決権があれば会社に対して株主総会の開催を要請できる。
TOB前の大正製薬では、上原家に関係する株主だけでも財団や美術館、昭二氏など数が多く、それぞれがまとまった普通株を保有していることにより、経営に対して一定の発言権がある状態だった。TOBを経て茂氏など3人以外が議決権を失うことで、支配権の集中度合いは高まる。