渋谷「異例」タワマン開発、問われる区の説明責任 小学校の容積を民間へ配分する珍しいスキーム

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しかし、今回の再開発事業計画では、「周りは建て替えに賛成している人ばかり。反対する理由は何もない」(前出の渋谷ホームズの住民)。

住民の姿勢の変化の背景には、マンション価格の高騰がある。区分所有者は新しいタワマンでも権利床(再開発時に地権者が権利として保有している床)を確保できる。すでに建て替えを目当てにした買いも入っているようだ。

「最近では3000万円だった部屋が1億円で売れたと聞いている」(同)。住民の高齢化が進んでいるという事情もあり、住民には高値の間に建て替えに応じるか、売却するかの動きが広がっているという。再開発事業が決定すれば、こうした動きがさらに加速することになる。

区は2022年6月に開催した説明会を皮切りに、着々と都市計画の手続きを進めてきた。そして12月15日に開かれる審議会で、都市計画決定にこぎつけたい考えだ。

公共から民間への「所得移転」

再開発事業に詳しいある専門家は、今回の小学校からマンションへの容積率の配分について、「容積という形の官から民への所得移転であり、何らかの公共貢献が行われなければ、公的財産の不当な移譲になってしまう」と指摘する。

そのうえで「公共が特定の民間に与える便益とその対価とのバランスがとれているか、しっかり検証する必要がある」(前出の専門家)。

今回でいえば、容積の配分と区道部分の譲渡が民間に与える便益。その対価が、小学校の建て替えと歩道や結節広場の整備ということになる。果たして、これらはバランスがとれているのか。

再開発事業で廃道となる予定の区道。公開空地として再開発事業者が開発する(記者撮影)

ここまで渋谷区は、不動産鑑定評価など具体的な数値を一切公表していない。検証のための材料すらないというのが現状だ。渋谷区は取材に対し、「現在、再開発事業者側と負担額について交渉中のため、評価額の試算などは一切お答えできない」と回答した。

区は都市計画決定後に、複数事業者による鑑定評価や審議会への諮問を経て、再開発事業者側に「相応の負担」を求める方針。確かに都市計画法上は容積配分の金額的明記までは要求されておらず、区の手続きに違法性はない。

だが、ほとんど例のないスキームを採用して、その肝心な部分を明らかにしないまま、都市計画を決定していいのか。都市計画が決定すれば、計画の大幅な見直しは難しくなる。

反対住民側の試算によれば、渋谷ホームズの敷地は容積率の倍増で鑑定評価額が約637億円増えるが、小学校用地は逆に117億円の評価減になる。今後の市況次第だが、民間事業者の手にする開発利益はさらに膨らむ可能性がある。

言うまでもなく、小学校にまつわる財産や区道は、区民の財産だ。再開発事業者に求める「相応の負担」にごまかしは許されない。渋谷区は重い説明責任を負っている。

並木 厚憲 東洋経済 記者

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なみき あつのり / Atsunori Namiki

これまでに小売り・サービス、自動車、銀行などの業界を担当。テーマとして地方問題やインフラ老朽化問題に関心がある。『週刊東洋経済』編集部を経て、2016年10月よりニュース編集部編集長。

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