"アナウンサー×いかめし社長"今井麻椰の二刀流 現実とのギャップに苦しんだ先で見つけたもの

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そんな時に、運命の出会いがありました。それが、2016年に開幕したバスケットボールBリーグ初の応援番組。

私自身バスケットをしていたこともあり、「絶対やりたい!」と思ってオーディションを受けてみたんです。

そしたら見事、アシスタントMCとして採用されて。晴れて、念願のアナウンサーとしてのキャリアがスタートしました。

(写真:Womantype編集部)

家業の跡継ぎ問題が深刻化

アナウンサーとして働く時間はとても充実していました。そんな中、実家の「いかめし阿部商店」では跡継ぎ問題が深刻化していました。

父は70代、スタッフも60~70代が中心で高齢化が進んでいて、いつ何があってもおかしくない状態。老舗の旅館や伝統のある店が閉店したり、売却したりするという話も多く耳に入ってくる。

そんな中、父が亡くなったときにいかめしをどうするのか? と考えたとき、手放すのは絶対に嫌だと思ったんですよね。

やっぱりいかめしが好きだったし、「誰かに取られちゃう」っていう感覚が強くて。それなら私が代表になって守ろう。そんな思いから三代目を継ぐことを決意しました。

(写真:Womantype編集部)

でも当時はコロナ禍真っただ中。催事が主戦場のいかめしにとってその打撃は小さくなかった。

幼い頃からいかめしのお店を見てきて、老舗のお店を経営することの大変さも理解していたけれど、私にはアナウンサーやリポーターの仕事を辞める選択肢はなかったんです。

アナウンサーは、大学卒業後、私が自分の力で唯一頑張ってきたものだったし、ここが自分の生きる世界だと思っていたから。

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