だが、この定義に対して、日本脂質栄養学会がかみついた。
同学会は『長寿のためのコレステロールガイドライン』において、「総コレステロール値あるいはLDL‐コレステロール値が高いと、日本では何と総死亡率が低下する。つまり、総コレステロールは高い方が長生きなのである」と提言したため、論争となったのだ。
この論争について寺本さんは、「コレステロールと病気の関係を示したグラフの解釈や、そのほかの評価において解釈の違い」と述べる。
前出のグラフを見るとわかるが、試験結果は“Jカーブ”という、コレステロール値の高いほうと低いほうの両側で死亡率が上がるという軌跡を描いた。総コレステロール値220〜240mg/dLのグループが最も死亡率が低く、それよりも高くても低くても死亡率が上がっていた。
そのため同学会は「220mg/dL以上を病気と定義するのはどうか」と異論を唱えたのだ。「コレステロール値が高くても薬を飲む必要はなく、むしろコレステロール値が低いと死亡率が高まる」という主張だった。
だが、この試験の被験者はコレステロール値が高いだけではなく、高血圧、高血糖値、肥満を併せ持つ人も含まれていた。コレステロール値単独と死亡率について見ただけではない。
「220〜240mg/dLで死亡率が低くなったのは、食事、運動、薬物療法によってコレステロールをコントロールしたことで、ほかの症状も改善できたからだといえます。値が高い人たちはコントロールがうまくいかず、死亡率が上がったのでしょう」と寺本さん。
実際、LDLコレステロール以外の主要危険因子(高血圧、高血糖値、肥満)が1つ増えるごとに心筋梗塞の発症リスクが倍増することは、J-LITの結果でもわかっている。
低値なのに死亡率が高い理由
コレステロールの低値で死亡率が高かったのは、肝臓病との関連があり、その後に肝がんを発症したケースがあることが日本の研究で判明している。アメリカでは、タバコなどで生じる呼吸器の病気COPD(慢性閉塞性肺疾患)が多いこともわかっている。
「コレステロールの低値は死亡率の“原因”ではなく、死に至るような病気を発症していた“結果”の可能性があったのです」と寺本さんは説明する。
もちろんコレステロール値の基準は現在は妥当性があっても、将来、変わる可能性はゼロではない。しかし、現時点では極端に高い数値の人、複数の生活習慣病を有する人、家族性高脂血症の人は、高リスクであることは明らかだ。
「それなのに、『コレステロール値が高いほうが長生き』と言ってしまえば、コレステロール値が高い人たちは免罪符を与えられたように、その説に飛びついてしまうかもしれません。しかし、そもそもコレステロール値が高い人は、ほかの生活習慣病を有していることが多い。誤解に基づいた対応で、将来、不幸な結果に見舞われないとも限らないのです」(寺本さん)
実は、その後も同じような論争が続いている。
例えば2014年、LDLコレステロールに関して、日本動脈硬化学会と、日本人間ドック学会・健康保険組合連合会が異なる基準値を出した。このときマスコミは「基準値が緩和された」と報道し、一時話題となった。
その後も、ことあるごとに日本動脈硬化学会の主張に対して、反論する意見が一部メディアでは取り上げられている。だが、学会の主張をくつがえすような明確な科学的根拠は出ていない。
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