「山本多江さんはご高齢だけど、ずっと一人暮らしで、病院にもあまりかかっていないようでした。だから、かつてどんな病気をされたなどの既往歴がわからない。それでも手術の結果や予後、入院中の生活の細かなことについては病院側からそれらを記したサマリーを受け取るので、旅の行程の計画は事前に作ることができます」
神奈川県で長く暮らした多江さんは、弟の山本健介さんと姪の松本恵子さんが暮らす岩手県に縁はない。
初めての土地、初めての施設。100歳にして初めてのことばかりで、不安も大きい。ただ、施設での生活は日本全国どこにいても、大きな違いはない。生活が始まってみれば、不安も解消されるかもしれない。
細山看護師は、まずは不安のない旅(搬送)を実現させるべく、ツアーの当日に臨んだ。
朝の7時半に病院に到着し、初対面の多江さんに挨拶をする。
「多江さんの使う車いすはレンタルで、岩手県の施設に到着した後に、送り返してもらうことにしました。相模原の病院から新横浜駅まではタクシーです。1人で歩くことが難しいので、車いすからの移乗を手伝います」(細山看護師)
途中、高速道路の集中工事による渋滞に巻き込まれるなどしたものの、列車の出発時間には間に合った。新横浜から東京駅に向かい、10時36分発の新幹線で一路岩手県を目指した。
本心は自宅のある相模原に暮らしたかった
岩手の施設に行くことは、姪の松本さんから聞いてはいるものの、多江さんは心の底では納得できていないようだった。本音では相模原の自宅に帰りたいと思っている様子だ。病院のソーシャルワーカーからは、岩手に行くことを口止めされていたほどだ。細山看護師は、多江さんの気持ちを別のところに向かせるように工夫した。
「窓から見える景色を指さして、お天気がよくて青空がきれいですねとか、花が咲いてて素敵ですねなど、そんなお話をしながらの旅でした」(細山看護師)
食べ物を飲み込む機能が少し低下していた多江さんのために、昼食は細山看護師が用意したゼリー食を少しだけ、世間話に花を咲かせながら、楽しい時間を過ごした。
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