片道3時間、入院中の72歳母がひとり旅できた契機 息子の結婚式に参列、患者から「新郎の母」に…

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新幹線の指定の席に移乗し、車いすは畳んで所定の位置に固定した。サポートがあるとはいえ、直子さんは入院中の患者だ。長距離の移動はそれだけで体力を消耗する。新幹線の中ではいすを少しだけ倒し、リラックスした状態で軽井沢に向かった。

ツアーナースはあくまで黒子、何も起きないことが一番いい

この日、直子さんは病院で朝食を済ませ、外出着に着替え、タクシーと新幹線を乗り継いで結婚式場に到着した。直子さんは遠出をすることに不安も大きい。

高次脳機能障害には、先の目標を設定したり、計画を立てたり、効率的に行動したりすることが困難になる「遂行機能障害」という症状がある。

細山看護師は直子さんの表情や顔色、言動にも注意を払いながら、少しでも不安のない旅を演出する。

式場の控室に入り、本番はこれからだ。式に参列するための、ドレスチェンジもひと仕事である。細山看護師は直子さんの両方の脇に腕を差し込み、車いすから立たせて、着替えるのを手伝う。

胸元を飾るコサージュの位置や、真珠のネックレスなどにも気を配る。そして、化粧とヘアメイクが完了すると、直子さんはぱっと明るい表情になった。細山看護師は言う。

「比留間直子さんは、始めはこの旅に少し不安を感じていらっしゃったんです。病気のこともあるし、車いすですから、本当にたどり着けるのかとか、でもメイクをしている間に、患者から新郎の母に変わっていく、その様子がとても素敵なんです」

ご子息から直子さんに送られたメッセージカード(写真はケアミックス提供)

当日は、直子さんの体調の事も考えて、披露宴には出席せず、式だけの参列だ。それでもやることは多い。神父の話を聞いている間も、ライスシャワーのためのコメを握り、新郎と新婦を待ち構える時も、家族そろっての記念写真などのシーンでも、細山看護師は直子さんに寄り添い、立ち座りのサポートや、洋服の乱れなどに目を光らせる。

「でも、私はあくまでも黒子なんです。あまり目立たないように、新郎新婦やご家族の邪魔にならないように行動します。そうした配慮をしながら、体調や表情、その時々のお気持ちに変化がないことに気をつけ、お世話をするのが私たちツアーナースなんです」(細山看護師)

この日は大きなハプニングもなくツアーを終えることができた。どんな状態の人であっても、旅する権利を奪いたくない。細山看護師はいつもそうした気持ちで、仕事に向き合っている。(編集:國友公司)

末並 俊司 ライター

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すえなみ・しゅんじ / Shunji Suenami

福岡県生まれ。93年日本大学芸術学部を卒業後、テレビ番組制作会社に所属。09年からライターとして活動開始。両親の自宅介護をキッカケに介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)修了。現在、『週刊ポスト』を中心として取材・執筆を行っている。

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