「常勤ともなると、お給料もだいぶ変わって安定するようになりました。大学院での専攻分野や、社会に出てから幼児教室の会社で働いた経験が、今のキャリアにつながっていますね」
自分の力で生きることを、奨学金が後押ししてくれた
現在、畠中さんは教員として働きつつ、小学生から高校生まで3人の子どもを育てている。そして、冒頭で紹介したように850万円の奨学金は10年かけて完済。その分、贅沢はできなかった。
「利子が膨らむのが嫌だったので、第二種は会社員時代に完済しました。それでも、まさか、大学進学のために奨学金を借りたときに、最終的にここまでの額を借りるとは想像もしてなかったですね。
もちろん、『奨学金は借金だ』という意識はありました。奨学金を借りることで、ローンを組んでの家や車の購入や、海外旅行など、さまざまなことをあきらめないといけない……というふうに。それでも、親の枷から外れて、自分の力で生きていくということを、奨学金が後押ししてくれたと思っています」
奨学金で自らの人生を切り開いてきた畠中さん。そのため、今の受け身な学生たちに対して、常日頃から思っていることがあるという。
「『親が教師の資格を取ってほしいから』とか『親が行けというから通っている』という教え子が多い。『本当は別にやりたいことがあるんだ!』と思って苦しんでいる様子が、見てわかるんですよね。だから、そういう学生たちには『もし、家族から離れて自立をするという選択肢があるのならば、その方法を教えるよ』ということをニュアンスを柔らかくしながら伝えています」
その一方で、畠中さん自身はもともと両親との関係性に悩んだ結果、親に反発して大学に進学している。さらに、大学院では「親子の教育関係論」について研究し、今は教師たちを育てる仕事をしている。なんとも因果めいたものを感じるが、今は両親にどのような思いを抱いているのだろうか?
「やはり、高校時代は両親に対する恨みが強かったですね。『どうして、わたしがやりたいことを素直に応援してくれないのだろう?』とかと思うばかりで、反発する力もどんどん強くなっていきました。
今思うとそれが『大学に行きたい』というモチベーションにつながったのかもしれません。苦しい思いをしたからこそ、『何を大事にして生きていけばいいのか?』ということを考えられるようになり、人生の優先順位に迷わず生きることができました。そこは両親に感謝しています」
自身に子どもができたことも関係してか、両親への思いも変化した畠中さん。今年の夏は孫の顔を見せるのと同時に、奨学金完済の報告をするために実家に帰った。
「実家といっても両親は離婚したので、それぞれの家に行くことになったのですが、『奨学金を返し終わったよ』と伝えたところ、父からは『よくがんばったね』と、母からは『苦労させて申し訳なかったね』という言葉をもらいました。それが、とてもうれしくて、なんだか報われたような気持ちになりましたね」
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