「FIREでできた心の穴」埋めた驚きの"人生の決断" FIREを捨て「自己肯定感」取り戻した"選択"とは
さまざまな方々の助けをお借りしながら、ビジネスはなんとかうまく回っており、充実した生活が戻ってきているのは本当に喜ばしい。
「何が役に立つのか」は本当にわからない
自分が大学を卒業して社会人生活を送ったおよそ26年間と、FIRE後の2年半を振り返って言えることは、「何が役に立つかは、あとになってみないとわからない」ということだ。
前職時代、仕事を終えたあと、家に帰る前に心を落ち着かせるためバーに立ち寄りウイスキーを飲んでいたこと、そこでお店の方とお話しする機会に恵まれたことが、結果的に今取り組んでいる仕事につながっている。
また、今こうやってこの原稿を書くことになったきっかけも、バーでのふとした会話からだった。
FIRE後記事をよく書かせていただいたクルマ雑誌の編集者の方とも、20年近く前に書いていたクルマ関連のブログがきっかけでお近づきになった。
会社を離れてひとりになり、「何が自分に残されたのか」を考えてみると、それはさまざまな人たちとのつながりだった。
そして、その人とのつながりのほとんどは、意図して作ったものではなく「たまたま」できたものだった。
「こんなこと、何の役に立つのか」と真顔で聞く人がたまにいる。「こんなこと」とは、たとえば「三角関数の勉強」だったり、「会社の飲み会」だったする。
計画どおりの人生を送れている人であれば、何が自分の役に立ち、何が自分の役に立たないか「事前に」わかるかもしれない。
だが、大体において人生は計画どおりにはいかないものだ。だから何が役に立つか立たないかは、「事後的」「結果的」にしかわからない。
FIREを経験した筆者からのアドバイスとしては、「これは役に立たない」「この人と話しても時間の無駄」などと最初から決めてかからず、一見効率が悪いように見えるさまざまなことにチャレンジし、さまざまな方と知り合いになることが、自分の将来の選択の幅を広げ、人生をより豊かにするコツなのではないかと思っている。
「いつ蒔いたか、どこで蒔いたか覚えてもいない種」が驚くような美しい大きな花を咲かせることもあるのだ。
*この記事の前編:26年外資勤務「FIRE=幸せ」と限らない残酷な現実
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