ロッキーの「冷凍肉トレーニング」がケアだった訳 自分の夢を仮託したくなる社会的存在への変容

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ケアとは相手を傷つけず、自分も傷つかない距離感で優しい言葉をかけ合うことではありません。相手の存在を生き物として認めるために、時には距離感をグッと近いものにしたり、あえて遠ざけてみたり、声をかけてみたり、声かけの仕方を変えてみたり、さまざまなアプローチを通じて、信頼を伝えることがケアなのです。

「良い仕事をする」ために「相手の位置に立つ」

そもそもロッキーの闘いは相手を傷つけて再起不能にするためでも、自分の力を誇示して相手を貶め、観客の受けを過度に狙うためでもありません。究極的にいうと、ロッキーの闘いはボクシングという闘いを通じてさらに広い社会と通じ、階層を固定化しないようにする、風通しをよくするような意味合いを持っていきました。

実際にその闘いへのプロセスにおいて、ポーリーにとっては自身をこの社会に幽閉し、気力を奪うだけの装置であった職場の精肉工場を、ロッキーがトレーニングの場とすることでその職場が一気に社会に開かれたのです。

哲学者の村上靖彦はケアにおけるコミュニケーションについて、以下のように述べています。

相手からのサインをキャッチする。声かけによって<出会いの場>を開く。ケアの要点として、その次に来るのが「相手の位置に立つ」ということである。(中略)
興味深いのは、相手の立場に立つということが、共感や想像力ではなく、声かけという具体的な身振りとして立ち現れるということだ。相手を想像することは難しく、常に思い込みをはらむ。でも、相手を理解することが難しいならば、相手自身に尋ねればいい。つまり、一歩踏み込んで相手の位置に立つということが、相手の声を聴くことに直結する。声かけはその出発点となる。(村上靖彦『ケアとは何か 看護・福祉で大事なこと』中公新書、2021年、25-27頁)

ロッキーは工場で冷凍肉を殴り続けるという彼なりの「声かけ」によって、「ポーリーの位置に立った」のです。ロッキーは拳から血を流し続けることで、ポーリーの「俺はいつまでこんな暮らしをするんだ、何のために働いているんだ」という声を聴いたのです。

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だから精肉工場でのトレーニングをテレビ中継したし、試合の入場時に着るガウンの背後には精肉工場の広告を入れました。ロッキーの闘いは、個人的なものからいつのまにか社会的なものへと変化していきました。その結果、どれだけ殴られてもダウンすることなくリングに立ち続け、「歴史的な一戦」と呼ばれるほどの闘いを世界チャンピオン相手に行うことができたのだと思います。

最初、ロッキーの闘いは恋人エイドリアンやジムの会長、親友のポーリー。近所の少女や酒場のマスターなど、さまざまな人に支えられていました。

ただどこかのタイミングで個人的紐帯の集合の中にいる自分という次元から、社会的存在としての自分という1つ高い次元ともつながるようになった。ランニングをしている最中に思わず八百屋さんが果物を投げ渡したくなってしまうような、言うなれば自分の夢を仮託したくなってしまうような、そんな存在になっていった。ロッキーが最後まで諦めずに闘ううえでは、そのことが死活的に重要でした。

ロッキーのように「良い仕事をする」ためには、「相手の位置に立つ」ことから始まるのだと考えています。

青木 真兵 「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター、古代地中海史研究者、社会福祉士

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あおき しんぺい / Simpei Aoki

1983年生まれ、埼玉県浦和市に育つ。「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター。古代地中海史(フェニキア・カルタゴ)研究者。博士(文学)。社会福祉士。2014年より実験的ネットラジオ「オムライスラヂオ」の配信をライフワークとしている。2016年より奈良県東吉野村に移住し自宅を私設図書館として開きつつ、現在はユース世代への支援事業に従事しながら執筆活動などを行なっている。著書に『手づくりのアジール──土着の知が生まれるところ』(晶文社)、妻・青木海青子との共著『彼岸の図書館──ぼくたちの「移住」のかたち』(夕書房)、『山學ノオト』シリーズ(エイチアンドエスカンパニー)などがある。

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