ロッキーの「冷凍肉トレーニング」がケアだった訳 自分の夢を仮託したくなる社会的存在への変容

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さらに正確にいうと、ポーリーの救済を通じて「ポーリー的なるもの」への異議申し立てを行ったのではないかと僕は考えています。ポーリーはなぜアルコール依存症に陥り、妹に暴言を吐くのか。それはポーリー自身に問題があるわけではありません。ポーリーをそういう状況に追い込んでいる、社会的環境のほうに問題があります。この社会的環境こそ、「ポーリー的なるもの」なのです。

ファストフードの急成長と移民労働力

周知のとおり、アメリカの食文化において肉は欠かすことができません。とくに1960年代以降、ファストフードのチェーン店が急速に広まっていきます。その過程は徐々に社会格差が広がり、固定化されていくプロセスと同時に進行していました。

ファストフードは食べ物をいかに効率的につくり、どのようにして合理的に売りさばくかという資本の原理によって駆動しています。その結果、ファストフードを利用する消費者もそこで働く労働者も低所得者層によって構成されていくようになり、1980年代以降のアメリカでは主にメキシコを中心とする中南米からの移民労働力が担うようになりました。

以上を踏まえると、本作が作られた1970年代は、移民労働者が低賃金の単純労働力に固定化されていく過程だったのではないでしょうか。アメリカ文化研究者の鈴木透はファストフードと移民の関係を以下のように述べています。

あくまでも低コストが生命線である以上、人件費の抑制という課題はファーストフード業界にとっても同じだった。工場が閉鎖されて失業した労働者を雇うことも選択肢としてはありえた。だが、かつて中産階級だった人々の中には、ファーストフード店のような低賃金単純労働を進んでしたいと考える人は少なかった。それゆえ、いかに安い労働力を確保するかが、ファーストフードがこのビジネスチャンスをものにできるかどうかの鍵となった。そのとき、この業界が目をつけたのが、移民労働力であった(鈴木透『食の実験場アメリカ ファーストフード帝国のゆくえ』中公新書、2019年、182頁)。

僕のいう「ポーリー的なるもの」とは、ベトナム戦争やオイルショックによって経済構造が変化していくアメリカ社会において、人びとを社会的劣位に固定化していく社会的環境のことを指します。ロッキーは幸運な機会があり、そのような状況から抜け出せる可能性がありましたが、ほとんどの人びとはポーリーに近い状況にあった。

そうなると酒を飲みテレビを見て、暴力的なコミュニケーションのせいで不安定な人間関係の中で生涯を生きていかざるをえない。

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