ロッキーの「冷凍肉トレーニング」がケアだった訳 自分の夢を仮託したくなる社会的存在への変容

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総じてロッキーは、ボクシングで活躍して借金取りの仕事を辞めたいとも思っていませんし、反対にボクシングで培った腕っぷしで借金取り業界で上り詰めてやろうとも考えていません。何か大きな夢や目標に向かって努力しているわけでもなく、かといって現実を恨んでもいない。

自分のために闘うことができる人間ではない

ただロッキーはペットショップの店員で親友ポーリーの妹、エイドリアンに恋をしています。彼女もいわゆる男受けの良さそうなタイプではなく、地味で奥手な女の子です。ロッキーとエイドリアンは付き合うことになるのですが、お互いパッとしない同士(失礼!)、この時点でロッキーはそれなりに幸せそうなのです。

ある日、そんなロッキーに世界チャンピオンと闘う機会が唐突に訪れます。世界チャンピオンが話題作りとして、無名の選手に夢を見させてやろうというのです。普通であれば、このチャンスを掴んで名前を世に売ってやるとロッキーは鼻息を荒くするところ。しかしそうはなりません。なぜならロッキーはエイドリアンと付き合うことができて、充足しているからです。世界チャンピオンと闘うことになっても、いまいちやる気が湧きません。

ロッキーは今まで冷たく当たられていたジムの会長に自分の胸中をぶちまけスッキリすると、一転激しいトレーニングを始めます。親代わりのジムの会長とロッキーの間の物語も重要なのですが、ここでは別の側面に焦点を当てて見ていきます。本作中で最も充足していない男がロッキーの親友ポーリーです。たくさんの冷凍肉が吊るされた精肉工場で働き、妹のエイドリアンと二人暮らしをしています。仕事中も飲酒するほど酒に溺れていて、家でもエイドリアンに暴言を吐いたり、ロッキーとも何かあるとけんかしています。

正直にいうと、僕は充足した生活を送るロッキーがなぜ世界チャンピオンと闘うのか、その動機がよくわかりませんでした。いまいち身が入らなかったボクシングの練習を再開し、勝ち目のない世界チャンピオンとの闘いに本気で挑むことになったのは、ジムの会長との関係が大きいのだと思います。

しかし最も謎なのは、精肉工場で吊るしてある冷凍肉を拳が血だらけになるまで殴り続けるという独自のトレーニング方法を、なぜロッキーは継続して行ったのかということです。結果的にこの「狂気じみた」練習風景をテレビで発信することで、完全にナメ切っていたチャンピオン側がロッキーの本気度に気がつくのですが、ロッキーはチャンピオン側を恐怖させる効果を狙って、あえて冷凍肉を血だらけの拳で殴り続けたわけではないと思うのです。

ロッキーは名誉やお金、恋人のためといった自分のために闘うことができる人間ではありません。しかし練習を続けていくことで、闘う真の動機に気がついていった。それはアルコール依存症で日々に不満を抱く、親友ポーリーを救うこと。

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