大学院出ても手取り12万「非正規公務員」のリアル 地方公務員の3割を非正規雇用者が占めている

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北九州市の嘱託職員(非正規公務員)で、生活困窮者らの相談業務を務めていた森下佳奈さん(当時27歳)も、こうした若者の1人だった。2012年に同市に入職したが、翌年1月にうつ病を発症して同3月に退職、2015年に自ら命を絶った。

佳奈さんも、タカシさんと同じように大学院を出て、新卒で非正規公務員となった。入職後半年足らずで、虚言癖や希死念慮のある相談者ら対応の難しいケースを任されるようになる。同時に上司である係長が、2時間にわたって佳奈さんを別室で「指導」したり、「それで給料分働いていると思っているのか」などと責めたりするようになった。さらに係長は、佳奈さんの担当する相談者について「このままだと死にますよ」など、あたかも佳奈さんの対応が原因で死亡するかのような言葉を投げつけていた。

佳奈さんは当時、母親の眞由美さんや同僚に「私の判断ミスで人を死なせてしまう」「人を死なせたくない。怖くて何もできない」などと打ち明けていた。

退職後も精神科へ通院していた

遺族は2017年、自殺は上司のパワハラによるうつ病が原因であり、公務災害に当たるとして、北九州市に遺族補償など310万円を求める訴えを福岡地裁に起こした。しかし同地裁は「(2012年に発症した)うつ病の症状が、自殺に至るまで継続していた」と認定したものの、退職から自殺まで2年以上が経っていることを理由に、公務と自殺の因果関係を認めず遺族の請求を棄却。2023年9月、福岡高裁も控訴を棄却した。

眞由美さんによると、佳奈さんは退職後も精神科へ通院し「係長に似た人を見て足がすくみ、動けなくなった」「睡眠薬を飲まないと眠れない。薬で生かされる人生なんて終わりにしたい」などと苦しみを訴えていたという。

佳奈さんが正規職員であれば、新人研修など入職時に仕事を教わる場もあったろうし、休職したときも復帰に向けたサポートがあったと想像できる。しかし非正規であるがゆえに「公務員の仲間」の1人としてのケアは受けられなかった。

眞由美さんは「娘は正規、非正規という雇用形態にこだわらず、ただ困っている人を助けたいという思いで職に就きました」と話す。

「しかし非正規だったがゆえに、必要な教育も得られないまま、相談者の生死に関わるような重い仕事を与えられました。その結果、自分も死にたいと口にするほど追い詰められてしまった。娘は命を削って働いたのに、職場は彼女の命を守ってはくれなかったのです」

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