だが、リーマンショック後、欧米諸国はみなゼロ金利で量的緩和を行い、欧州に至ってはマイナス金利幅を拡大していった。日本の経験からも学ばず、量的緩和をQEと呼んでバカにしていたが、FEDも結局QE3と呼ばれたように、3回も量的緩和を実施する羽目になった。
この経験によって「21世紀はデフレの時代だ。もはやインフレは問題となりようがないから、インフレターゲットなどを2%よりも高くして、3~4%に目標を引き上げて、21世紀の長期停滞に対処すべき」とまじめに議論した瞬間に、コロナ危機となった。
終わってみると、とてつもないインフレが加速し、ゼロ金利から一気に5%以上まで金利を引き上げるという大不始末をしでかした。しかも、インフレが急速に高まってから1年以上も放置して「これは一時的だから心配ない」と言い続けたあとに、「インフレ抑制が最優先、景気がどうなろうとまずインフレを抑え込むことが必要だ。インフレ抑制こそが中央銀行の最大の使命」などと、1年前とは180度違うことを声高に叫ぶという、とてつもない恥辱の政策転換を行った。
経済学はいまだ未熟な学問
なぜ、こんなに間違ってしまったのか。要は、経済学には、いまだに経済が全体のシステムとしてどうなっているかがわかっていないからだ。
それなのに、1968年にノーベル賞に経済学が追加され、実力以上に世の中で偉くなってしまい、また自分たちも偉いと思ってしまったからである。さらに、1970年代からは合理的期待仮説旋風が吹き荒れ、経済主体が合理的に将来を予想しているとされてしまった。この数学的モデル化が便利な魔法のツールを武器に、経済学は数学的モデルと統計的にテクニカルな実証分析の学問となってしまった。
少なくとも第2次大戦前までは、どの経済学者も自分自身の経済システムへの見方があり、「リカード体系」「ワルラス体系」「ケインズ体系」などがあった。だが、こうした体系への理解も情熱も1970年以降は失われ、モデルの数学的精緻化、統計的な有意性の検証に明け暮れてしまった。
また、経済学が偉くなったことにより、業績争いが加速し、その結果、論文による業績競争となり、これを公平に評価するという名の下に、細部の厳密性を執拗にほじくり返されるために、経済学の論文はすべて部分的な限定的な非常に狭いトピックをそれぞれ検証するようになった。
とりわけミクロ経済学系統では、ヴィジョン(全体像の把握や展望)がまったく失われてしまった。一方、世間の人々や政治家たちは経済学への期待を高め(あるいはそうしたふりをして)、「著名な経済学者のお墨付きをもらった」などと言って自分たちの望ましい政策の正当性を主張するようになった。ここに、世論も政治家も、経済学の中身を理解しないまま悪用を、たとえ無意識にせよ、行うようになってしまった。
経済学者は、「手元にある道具」をより研ぎ澄まして、細分化によって、より適する鋭利な刃物を仕上げていったが、全体像を把握するのとは逆方向にどんどん進んでいった。21世紀になると、この傾向は加速度的に強まり、経済も経済学も世の中も、ただ混乱してきているのである。
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