現代遺伝学がもたらす民族主義の再燃という悪夢 幻に終わったヒトゲノム計画による理想の世界

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しかしここで話を終わらせるのは間違っているだろう。冷戦の終わりは歴史の終わりではなく、1990年代にグローバリゼーションが拡大したからといって世界がより平和になることはなかった。ヒトゲノム計画によって人種差別が終わることもなかった。

いまでは十二分に思い知らされているとおり、グローバリゼーションによって社会全体も科学もさらなる細分化が進み、以前よりも人々が分断されて不平等がますます拡大している。

期待されていたオーダーメイド医療はほぼ実現していないし、科学者のあいだでは遺伝子編集の倫理性をめぐる論争が続いている。

再び焚きつけられた民族主義

これらの問題はいずれも、2000年代を通した遺伝学の発展に影を落としている。ヒトゲノム計画が完了する間もなく、科学者や政治指導者は、人類全体をたった一つの標準的なゲノムで代表できるという考え方に異議を唱えはじめた。

そもそもヒトゲノム計画で配列が決定された遺伝物質の大部分は、ニューヨーク州バッファローに暮らすたった一人の男性、しかもほぼ間違いなく白人の提供したものだった。

それを踏まえて世界各国が独自の国民ゲノム計画を立ち上げた。イラン・ヒトゲノム計画(2000年始動)、インド・ゲノム多様性コンソーシアム(2003年始動)、トルコ・ゲノム計画(2010年始動)、ゲノム・ロシア計画(2015年始動)、漢民族ゲノムイニシアチブ(2017年始動)などである。

いずれのプロジェクトも、国家を再び人種の枠組みでとらえる民族主義を焚きつける結果となった。もっとも顕著である中国の例では、大多数を占める漢民族のみを対象としていて、もっと幅広い中国人集団の遺伝学的・民族的多様性が無視されている。

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