現代遺伝学がもたらす民族主義の再燃という悪夢 幻に終わったヒトゲノム計画による理想の世界

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ヒトゲノムの地図によって、がんやパーキンソン病などさまざまな病気の原因の解明が進むものと期待された。そうなれば医療が個人レベルでオーダーメイド化され、遺伝的要因のせいでリスクの高い人を発症前に特定できるようになる。

ヒトゲノム計画はアメリカ合衆国主導で進められたものの、実際には国際的な取り組みで、イギリスやフランス、ドイツや日本や中国の遺伝学者が配列決定に貢献した。各国の研究チームが、特定の染色体など、ヒトゲノム内の特定の領域を担当した。そしてそれらの結果を組み合わせることで、完全な遺伝子配列が完成した。

クリントンを含め多くの人にとって、ヒトゲノム計画は冷戦終結の象徴だった。ソ連の崩壊が始まったちょうどその頃に計画が始動し、関わった研究者は中国を含め各大陸におよんだ。

中国では1976年の毛沢東の死去ののちに経済開放が始まり、アメリカ合衆国との外交関係も発展した。「ヒトゲノム計画は世界中の全市民の生活向上を目指して進められた」とクリントンは訴えた。

ブレアも同じ考えで、「いまや世界共同体が国境を超えて、人類共通の価値観を守り、この科学的偉業を全人類のために役立てることに取り組んでいる」と語った。

「共通の人間性」という理想像

現代遺伝学の発展は、冷戦期の政治、とりわけ国家形成の過程によって大きく方向づけられた。それゆえヒトゲノム計画は、冷戦期の対立から新時代のグローバリゼーションへの移行の瞬間になったと考えたくなってしまう。

ビル・クリントンもトニー・ブレアも、ソ連崩壊後のグローバリゼーションの波にもっとも深く関わった政治家であるだけに、当然そのようにヒトゲノム計画を受け止めていた。

「遺伝学的に言うと、人種を問わずすべての人間は99.9%以上同じである」という考え方は、「共通の人間性」という理想像を追い求める人たちの心に強く響いた。ヒトゲノム計画は人種差別のない未来の一翼を担うものと受け止められた。

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