伝説の漫画家「バロン吉元」の超絶ラッキーな人生 節目節目で必ず先輩や先生が引き上げてくれた

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バロン吉元/寺田克也『黒龍図・白龍図』 2018年、高台寺所蔵

子供時代から変わらず、好奇心の赴くまま生きている

バロンさんは先輩だけではなく、後輩にも愛されている。

イラストレーターの寺田克也さんとは2018年に京都の高台寺で2人で襖絵の公開制作をし『黒龍図・白龍図』を奉納した。漫画家がお寺へ襖絵を奉納するのは、当時初の試みだった。以降、2人で一緒に活動することも多い。

「寺田さんの展示を見に行った時に、彼が別室でライブドローイングをしているというのが分かってね、会いに行きました。彼の作品はその前から見ていたので、嬉しくて、つい足元の立ち入り禁止の線に気づかず入っちゃった。

『寺田先生、バロン吉元だけど、今展覧会見てきたばっかりだけどすごいね!』

って話しかけたら、すごいびっくりしてたけど。それから仲良しで、一緒に展覧会やライブドローイングをやるようになったね」

話を伺っていると、子供時代から変わらず、好奇心の赴くまま自由に生きていると感じた。

まばゆい才能と自由な生き方に惹かれ、周りの人に愛されているのだと思う。

「それこそ戦時中の幼少期から、いかに遊んで、いかに自由な形で生活できるか?というのが大きなテーマでした。それを私は貫いてます」

とても楽しそうな生き方だが、少し納得がいかない家族もいるという。

今回のインタビューには、バロンさんの娘、エ☆ミリー吉元さんが同行していた。

彼女は自身のアーティスト活動と並行して、バロンさんのマネジメントをしており、リイド社のウェブマガジン「トーチweb」の漫画編集もしている。

「私としては父のこういう自由な生き方を、尊敬しつつも、もどかしく思うところもあって……。現状に執着しない一貫した生き方は、同時にファンを置いていってしまうことにも繋がりますよね。最近の父は絵画制作がメインとなっているので、リアルタイムの読者以外の方々は、漫画家としての父をあまり知らないことを、なんだかなあ……と感じます。マネジメントも、父の作品を幅広い世代の人に知ってほしい気持ちで始めました」

たしかに、例えば『ゴルゴ13』のように、長年連載していたら作品や作者の知名度は残りやすい。バロン吉元の名前も超長期連載があれば今以上に、誰もが知る名前だったかもしれない。

「私は自分勝手にやってるからね。自分勝手=自由=遊び でしょ? そういうのは売れないんですよ(笑)。売れても、それはたまたまのことです。売れている漫画家は、みんな読者を念頭に入れてましたね。

『多くの読者に読んでもらいたい。楽しんでもらいたい』

という気持ちは素晴らしいことだと思います。

でも、私にとって読者というのは不特定多数の人たちではない。私にとって読者は一人、私自身です。私自身が面白ければそれでいい、常にそう思って作品を描いてきました。それは今の絵画制作でも変わりません。バカは死んでも治らない。棺桶は上等なものにしてください」

そういうと、バロンさんは少年のような顔で笑った。

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村田 らむ ライター、漫画家、カメラマン、イラストレーター

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むらた らむ / Ramu Murata

1972年生まれ。キャリアは20年超。ホームレスやゴミ屋敷、新興宗教組織、富士の樹海などへの潜入取材を得意としている。著書に『ホームレス大博覧会』(鹿砦社)、『ホームレス大図鑑』(竹書房)など。

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