「過労死で亡くなる人は珍しくない」「1枚の単価は200円から」…。業界歴22年の彼女が漫画で"アニメ制作のブラックさ"を伝えるワケ

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幼少期から絵を描き続けている、いとうまりこさん。現在、アニメーターと漫画家の“二足のわらじ”を履いている(筆者撮影)
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これまでにないジャンルに根を張って、長年自営で生活している人や組織を経営している人がいる。「会社員ではない」彼ら彼女らはどのように生計を立てているのか。自分で敷いたレールの上にあるマネタイズ方法が知りたい。特殊分野で自営を続けるライター・村田らむが神髄を紡ぐ連載の第117回。

いとうまりこさんは、キャリア22年のベテランアニメーターだ。総作画監督やキャラクターデザインも担当する実力派である。

そんな、いとうさんが、今年『憧れのアニメーターになったら超絶ブラックでした』という漫画を上梓した。コミカルなタッチながら、アニメ業界の暗部を世に伝える内容だ。

なぜ、いとうさんはアニメーターになったのか。そして、なぜアニメ業界を題材にした漫画を描くことにしたのか。竹書房の会議室で話を伺った。

幼少期から絵を描くのが好きだった

いとうさんは、横浜で3人兄弟の末っ子として生まれた。

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「兄が2人いる末っ子だったので、“好きにさせとけ”みたいな空気でしたね。私はとにかく絵を描くのが好きで、幼稚園の頃から毎日ノートに落書きしてました。

父にねだって、大学ノートの3冊セットをたくさん買ってもらっていました。小学生の頃からは同人誌を作って友達に見せていて、“ジェームズ伊藤”っていうペンネームまで使ってました(笑)」

絵を描く欲求は、進学しても衰えなかった。

「中学・高校に入ってもずっと漫画を描いてました。高校時代はアニメ雑誌に絵を投稿するのにハマっていて、10回以上は掲載されたと思います。それで承認欲求が満たされました。勉強は全然ダメだったけど、“絵の世界なら活躍できる!”って自信が持てたのは大きかったですね」

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