「絶対に金を払わない」
最後にそう言って無視をし、何もしゃべらなかった。ミニバスの運転手が痺れを切らし、ドアが開いた状態でゆっくりアクセルを踏んだ。
バスが動き始めた。彼はバスに乗り込み、「金を払え!」「泥棒!」「中国人が!」と俺をののしり、20メートルくらい動いたところでバスから飛び降りた。
窓から彼を眺めると、しばらく大声を出しながらバスを追いかけ、途中であきらめた。車内は何事もなかったような空気だ。
おそらくこういうことに慣れているんだろう。エチオピアの治安の悪さが何となく理解できた。
紛争のど真ん中を強行突破して起きた悲劇
スーダンとエチオピアの国境の街から古都ゴンダールを目指した。しかし、ミニバスは通常運転と違い、途中の小さな村マガナンで止まる。
俺はその村で出会ったミニバスの運転手に、ゴンダール行きについて尋ねた。
「ゴンダール行きはいつ出るか知ってますか?」
「1週間後になるか、もしかして1カ月後になるかもしれない」
「え、そんなに。1カ月ですか……」
長すぎる。エチオピアのビザは1カ月間しか滞在期限がない。
「何が起きたんですか?」
「村と村の間で闘争が起きてる」
「闘争?」
「この辺は小さな村がたくさんあるんだけど、政治家が役所を移転したら、もともと役所があった地域の村民が怒って、それでかなり揉めてる」
しばらく何事もなく走っていたが、道路上の数百メートル先に数人の人影が見えた。時速は200キロ近く出ている。かなり危険だ。
しかし、道路に出ている人たちは車との距離が徐々に狭まるにもかかわらず一向に避けようとしない。運転手もスピードを落とさない。何かがおかしい。
100メートルくらいまで迫ってきた時、運転手が右手を俺のほうに伸ばし体を触った。
「ごっつ、伏せろ」
訳がわからないまま頭を伏せた。ガシャンという音と鈍い音が数回聞こえた。
「キャー」
後ろの座席から女性の悲鳴が上がる。何が起きたかわからない。俺は助手席で伏せたまま頭を抑えた。
運転手はアクセルを踏みさらにスピードを上げる。高速で回転するエンジン音が鳴り響く。
運転席との隙間から頭を伏せた状態で後ろをのぞき込むと、車内に血が飛び散っていた。数人の男がうずくまり血まみれの手で顔を覆っている。顔からは、さらなる血が流れ落ちる。
女の人は恐怖で顔が引きつりパニック状態に陥っている。呼吸が浅く息を吸っていない。
ミニバスの運転手は紛争が起きていることを知っていた。だが彼はそれを承知で危険な道への運転を決断した。
彼の家に泊めてもらった時、かわいい息子や両親を養っていることを知った。彼らの生活費を稼ぐため、彼は危険を冒してでも、運転をしなければならなかったのだ。
2023年4月のエチオピア連邦政府による州特別部隊の解体及び警察・国防軍への統合決定以降、同決定に対抗して武装勢力と治安部隊の間での対立が激化しており、最近になって衝突事案等が州内各地で発生し、複数の民間人が死亡する等、治安状況が悪化しています。このような状況を受け、8月4日、連邦政府は、アムハラ州全域に非常事態宣言を発令しました。
著者がエチオピアを旅したのは2018年7月で、2023年10月6日現在、
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