今回の展開を受け筆者が想起するのは2018年3月、イギリス南部でロシア製の神経剤ノビチョクで襲われながら、一命を取り留めた元ロシア情報機関員セルゲイ・スクリパリ氏へのプーチン氏の発言だ。
事件へのロシアの関与を認めないながらも、イギリスとの二重スパイだったスクリパリ氏について「祖国へのプリダーチェリにすぎない」と吐き捨てるように言ったのだ。プーチン氏はこうも付け加えた。「裏切りは地上における、最も大きい犯罪だ」。
この認識は、2000年に大統領という国家指導者になってからの判断ではない。ソ連時代に国家保安委員会(KGB)のスパイだったプーチン氏の「出自」にさかのぼる。スパイとしての教育を叩きこまれたプーチン氏にとって、組織への「裏切り者」とは、単なる政治的敵対者と、まったく別のカテゴリーなのだ。
プーチン氏の「裏切り」への憎悪
裏切りへの憎悪を、プーチン氏は再三公言している。2017年には国営テレビのインタビューで、「許せないことはありますか」との質問にも「裏切りだ」と答えていた。
しかし、今回の反乱発生時、「最も大きい犯罪」の割には、クレムリンの対応は極めて緩慢だった。事前に反乱の動きを把握していたのに、である。
それは、今回の反乱には軍部最高幹部が計画作成段階で関与していたが、プーチン氏は誰が敵で、誰が味方か、完全に把握していなかったからだ。ウクライナ侵攻の長期化により、ロシア軍の各方面の司令官クラスに不満のマグマが高まっていることも背景にあった。
このため、プーチン氏はプリゴジン氏への処罰が第2の反乱を招かないよう、ワグネル指導部解体という本丸に向け、外堀を1つひとつ埋めるかのように、慎重に事を進めた。
ワグネルとの融和ムードを演出しながら、2023年7月中旬には、戦車や装甲車など大量の重兵器の引き渡しをワグネルから受け、事実上の武装解除をすんなり実現した。
さらにベラルーシのルカシェンコ大統領にワグネル部隊を受け入れてもらい、同国軍への訓練任務という新たな活動領域も与え、ワグネルのガス抜きを図った。
そのうえで、外堀埋めの総仕上げになったのが、プリゴジン氏と極めて近い関係にあった航空宇宙軍のセルゲイ・スロビキン総司令官を8月半ばに解任したことだ。
ウクライナ侵攻作戦の統括副司令官を兼務していたスロビキン氏は、反乱直後から行方不明となり、反乱に関与したとして自宅軟禁されているとのうわさが流れていた。
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