原発処理水の「海洋放出」強行で、漁業者は窮地に 中国が輸入規制措置を強化、風評被害対策は力不足か

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水産物の輸出で中国や香港はこれまで「最大の得意先」だった。2022年の日本の水産物の輸出額3873億円のうち、中国、香港はそれぞれ871億円、755億円と1、2位を占めている。しかもここ数年は、日本食のブームもあり、大きく輸出額を伸ばしてきた。

ところが8月18日発表の中国の税関当局の統計によれば、日本からの7月の水産物の輸入は前年の同じ月と比べて約3割も減少。生ホタテ類は98%も落ち込んでいる。北海道や青森県など、これまで原発事故の影響がほとんどなかった産地にも、実質的な輸入禁止措置の影響が及んでいる。

中国政府は処理水を「核汚染水」と呼ぶ。処理水放出の決定を受けて中国外務省の報道官は8月22日、「日本政府は核汚染のリスクをあからさまに全世界に転嫁し、全人類の長期的な福祉よりも自国の利益を優先している。中国は海洋環境、食品の安全、公衆衛生を守るために必要な措置を取る」と述べた。中国は、今回の処理水放出問題を外交カードの1つとして使っている。

処理水放出の本当のコストはいくらか

日本政府が設置した専門家によるタスクフォースは、処理水の海洋放出に必要なコストは34億円で済み、水蒸気放出や地下埋設といった代替策と比べて著しく安いという試算結果を含む報告書を2016年に発表した。しかしその後、希釈設備や海底トンネルなどの工事費がかさみ、モニタリングコストを含めてこれまでに要した費用は約590億円に膨らんでいる。

ほかに、風評被害対策や全国の漁業者支援の基金として政府は各300億円、500億円の基金を用意している。さらに今後、中国などの圧力が強まり、輸入禁止措置が長期化した場合、風評被害対策や賠償支払いにより、処理水放出に伴うコストのさらなる膨張は避けられない。輸入禁止などに伴う被害が日本全体に及んだ場合、その被害を正確に判定して救済措置につなげることも容易ではない。漁業者の危機は一段と深まる。

東電は処理水放出に伴う賠償対応のために270人を配置するとの方針を発表した。政府は300億円の風評被害対策の基金を活用し、余剰となった水産物の買い上げなどを必要に応じて実施する。

そうした対策により、危機を回避することは可能なのか。政府や東電は事態を正確に把握し、漁業者がなりわいを継続できるよう、責任を果たす必要がある。

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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