「Q『チャイナプラスワン』とは具体的にどのような動き?」というように、質問からスタートしているのです。
ただ説明を書くのではなく、「この国でキリスト教徒が多い理由は?」と、わざと質問の形式にしています。
もちろんこれは、授業でその指示があったわけではなく、東大生が自分で質問を作っています。
「今日は『チャイナプラスワン』について説明するよ」
「フィリピンでキリスト教徒が多いのはこういう背景があるんだよ」と先生が言ったのを、自分で質問に変換しているのです。
そしてその質問の答えを書く形で、その説明や図式が書いてあるわけです。「ノートを作る」というより、「Q&Aを作る」かのような形で思考を整理している場合が多いのです。
しかも東大生は複数の科目で、このような工夫をしています。
数学では数学の問題と解答を書いていますし、社会や理科の授業でもこのテクニックを使っています。また、どんな科目でも教科書を読みながら、「この部分の記述が答えになる問題はどんなものだろうか?」「この部分の記述が問題になって問われる場合、こういう問題が作られるのではないだろうか」ということを考えて、問題を起点にした整理ノートを作っています。
人の話を聞くときでも「問い」を作る
おまけに、勉強と関係がなくても、人の話を聞くときなどでも「問い」を作って話を聞く傾向があります。
「雨天時の対処法に関してはこのようにしてください」
→Q雨が降ったときにはどのように対処すればいいか?
「この仕事は〇〇日までに××を完成させることを目標にしてください」
→Q1この仕事の納期は? Q2この仕事の内容は?
と、こんなふうに些細なことであっても「問い」から始めるようにしている場合が非常に多く、ノートだけでなくメモにも「Q」が多く登場しているのです。
いったいなぜこれが重要なのか?「問い」について、ドラゴン桜の中で桜木先生はこんなふうに言っています。
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