「文芸のプロ」が"第169回芥川賞"を独自採点・予想 「現代文学を新しく切り拓く」作品誕生となるか
筆者の事前予想を一覧表にした。
では、ひとりずつ筆者の予想を紹介する。
石田夏穂「我が手の太陽」(『群像』5月号)
1991年生まれ。2020年、「その周囲、五十八センチ」で大阪女性文芸賞受賞。2021年、「我が友、スミス」が芥川賞候補に。
2回目のノミネートの本作は、東京工業大学工学部卒のリケジョ(理系女子)である作者によるベテラン溶接工のお話。
作者は意図的に、主人公「伊東」の家族関係をはじめとする個人情報を、作品上排除している。それが高専卒、職歴20年のベテラン溶接工の自己崩壊の物語への共感を阻んでいるとも言える。つまり評者に言わせれば、一般読者は、この切れやすく、独りよがりで職人気質の主人公にシンパシーを持ちにくいのだ。
職人として、人間としての「強さ」と「弱さ」、その自己認識のズレが徐々に拡大し、浜松での溶接工事で品質管理責任者から思わぬ「不合格(フェール)」を出された伊東は、深夜のやり直し配管溶接で「安全帯」をつけずにいたのが発覚、「溶接」をはずされ、解体現場のガス「溶断」の仕事に格下げになる。
さらに職業病のヒューム肺を患った先輩の仕事の肩代わりで、密かに溶接工事の現場に戻るも、手元の狂いから重度の火傷をおってしまう。それがたんに年のせいなら、さしたる問題にはならない。上司からこの際現場を離れ、管理職に就いてはと打診されてもいたからだ。
しかし、タイトルにこめられた「わが手」への偏執を主人公はどうしても手放すことができない。そこにもまた、自己認識のズレが関わってくる。
「お前は傲慢なんだよ。自分をすごいと思うのは人の自由だが、どんな作業も馬鹿にしてはならない。そうだろう。お前は自分の仕事を馬鹿にされるのを嫌う。お前自身が、誰より馬鹿にしているというのに」
これは、他者から言われたのではなく、伊東の自己認識なのだから、読者にはちょっと痛すぎて息が詰まるのではないか。
映画なら、カメラをいったん外(職場を離れたプライベートな日常世界)に出そうよということになるのだが。
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