「文芸のプロ」が"第169回芥川賞"を独自採点・予想 「現代文学を新しく切り拓く」作品誕生となるか

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次の候補作は、千葉雅也「エレクトリック」(『新潮』2月号)である。

千葉雅也「エレクトリック」(『新潮』2月号)

1978年生まれ。2019年『デッドライン』で野間文芸新人賞。2021年「マジックミラー」で川端康成文学賞。芥川賞ノミネートは本作が3回目

本職の哲学者としてもキャリア十分で、業界内では、作家としても希望の星

ただ、これだけリーダブルでノイズのない小説は、評者としては逆に物足りない透明な語りに反した、障碍としての最良のノイズ(スムーズな「物語」展開への干渉)こそが「小説」の生命なのではないか。

「未来を拓く父と子の英雄譚」といううたい文句だが、膠着状態にある1995年の地方都市・宇都宮での家族の「現在」に対してのコミットが不十分。時代を象徴するオウム真理教の影も、どこか取って付けたようだ。

そのため「スタジオ」から宇宙へ──という作品の超現実の飛躍的オチは、どうしても唐突で苦し紛れの父子の逃避行(=異次元世界への逃走)にしか見えない。

「父が一人で寐るようになったのはいつだろう?」と書くのなら、美人の妻の顔色を窺いながら「スタジオ」にひきこもり、オーディオ機器をいじる父と、「一人で寐るようになった」母の性に、息子の達也(高2)は、しっかりと正対しなくてはならない。

そこに何とか「同性に興味があるという同世代の男の顔を、初めて見た」達也の性のときめき(それが、作者が「哲学」に甘んじられない根拠なのだろう)を、アンチ・マザコン的に重ねられなかったか。

『パンとサーカス』でアナクロがかった前世代を「量子コンピューターの時代の真空管」と評した選考委員の島田雅彦は、この真空管レトロ・エレクトリックな小説をどう評価するか「現代思想」にも通じた選考委員・松浦寿輝の評価とともに興味深い

本作で三島由紀夫賞受賞はならなかったが、リベンジなるか。

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