がん病理医「憎まなければ、がんは悪化しない」 心の片隅でいいから、ぜひ覚えてほしいこと

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がんと同じように、自分自身の身内でありながら頭の痛いことをしてくれる不良息子ですが、彼らにしても、不運な成り行きから、不良息子などと呼ばれるような行動をするようになっただけかもしれないんです。

そして、感情を爆発させたりして周囲の人々を傷つけてしまうのは不本意で、本当は周囲の人々に愛されたかったのかもしれないんですね。

困った子供の問題を考えるとき、もう1つわかってもらいたいことが、これなんです。

「なりたくて、不良息子になったのではない」ということです。

少なくとも、がん細胞の場合は、自らが望んでがん細胞になったのではなく、ただ、細胞分裂の際に不幸なコピーミスが起こっただけのことです。もし、そんな不運がなければ、本当は周囲と同じような普通の細胞になり、皆に愛されたはずなんです。

「不良息子も、不運な成り行きの犠牲者」

このことをわかることで、初めて、自分とがん細胞、そして困った子供との和解の道が見えてくるんです。

「憎まない、恨まれない」ことは難しいが…

それでは、どうすれば不良息子、すなわち自分の困った部分と和解できるのでしょうか。

それは、「不良息子を憎まないこと」です。

がん細胞と周辺の細胞が強く対立して憎みあっているような状態で、両者の関係が悪くなると、がんは悪化しやすくなります。周辺への浸潤がひどくなったり、別の臓器へ転移したりするんです。そして、がんは難治になり、ついには、増殖を重ねたがん細胞もろとも、自分の命を落とすことにもなりかねません。

同様に、不良息子を憎めば、彼はあなたを恨み、自分を困った存在にした不運な成り行きを恨むようになります。そして、事態は取り返しのつかない破滅へと向かってしまうかもしれないんです。

逆に、あなたが不良息子を憎まなくなれば、不良息子の恨みもいつかは消えます。両者が和解できる日が来るんです。がんの場合も、悪化することなく共存の道が開けるかもしれないんですね。

「不良息子を憎まないこと。不良息子に恨まれないこと」

がんで苦悩している人も、子供のことで悩んでいる人も、今はそう思うことが難しいかもしれません。でも、このことを、心の片隅でいいですから、ぜひ、覚えていてほしい。

いつか、穏やかな日々が訪れ、最後にはきっと、幸せに人生の幕を閉じることができるはずです。

樋野 興夫 順天堂大学名誉教授

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ひの おきお

順天堂大学名誉教授、新渡戸稲造記念センター長、恵泉女学園理事長。1954年島根県生まれ。医学博士。癌研究会癌研究所、米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォックスチェイスがんセンターなどを経て現職。2002年癌研究会学術賞、2003年高松宮妃癌研究基金学術賞、2004年新渡戸・南原賞、2018年朝日がん大賞、長與又郎賞。2008年順天堂医院に開設された医療現場とがん患者の隙間を埋める「がん哲学外来」が評判を呼び、翌年「NPO法人がん哲学外来」を設立し、理事長に就任。これまで5000人以上のがん患者と家族に寄り添い生きる希望を与えてきた。その活動は「がん哲学外来カフェ」として全国各地に広がっている。

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