85歳の母を自宅で看取った娘が歓喜に包まれた訳 仲のいい母娘ではなかった関係が一瞬で修復

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藤原がZoomで、女性が娘の板倉美子(よしこ)に少し似ていると話すと、画面の外から突然、「顔は似ていません、性格は似ていますけどね」という声だけが聞こえてきた。娘の板倉の声だった。

在宅介護のぎすぎすした空気をやわらげる

母親のために、看取り士の派遣を依頼した板倉は介護福祉士。すでに父親を病院で、義父を在宅介護で看取っていて、約4年前には母親を妹宅から引き取っていた。実は、約5年前に看取り士の資格も取得していた。

藤原さん(左)と板垣さん(右)

看取りの経験が豊富で、看取り士資格も持つ板倉が、なぜ母親のために看取り士を依頼したのか。

主な理由は2つ。以前から顔見知りで、看取り士としてまだ看取ったことがない後輩の藤原に、自分の母親で経験を積んでほしいと思ったのが一つ。

もう1つは、終末期にある母と、介護する娘の不安や緊張感を減らすこと。

板倉の母親評は「甘えん坊のくせに、気が強くて、プライドの高い人」。60歳で発症した難病も確実に進行していて、最近は寝返りはおろか、頭を左右に多少動かすことしかできなくなっていた。

日中も天井を見ているしかなく、意識がはっきりしている分だけ、むしろストレスがたまっているだろうと、板倉にも想像はできた。

「頭ではわかっているんです。ですが私も昼間は働いているので、深夜に起こされるとイライラしちゃって、『あんたは寝てられるけど、私は明日仕事なんだよ!』って、つい声を荒らげてしまうんですよ」

板垣さんの母親と2人の娘さん

母親も負けてはいなかった。元気な頃は、娘に『(私を)殺せ!』と叫んだりしたこともあった。他人には言えないことでも口にしてしまえるのが家族とは言え、在宅介護の難しさだ。

板倉は家族以外の人を家に入れ、緊迫しがちな母娘間の空気を少しでもやわらげたかった。

「訪問看護師さんなどが家に出入りすると、母にも社交上の愛想笑いが生まれて、家の空気がなごむんです。私には最後まで言わなかった『ありがとう』も、母はヘルパーさんや藤原さんには何度も口にしていましたから」

板倉は苦笑しながらそう明かした。

だが、藤原の受け止め方は少し違う。彼女が初めて板倉の母親に面会した日は、奥の部屋から日当たりのいい部屋に母親が移される日だった。当日、板倉は母親に入れ歯の具合を尋ねて、歯科医に訪問治療も依頼していた。

「それから12日後に旅立たれました。最後の最後まで、お母様の尊厳を最優先される板倉さんの姿勢に、私は強い愛情を感じました。住みなれた自宅で、娘に世話を焼いてもらって過ごせる。自宅で看取られることの良さを、改めて痛感しました」(藤原)

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