特に今の研究で重要なのは、数学の基礎的素養を有する情報工学だ。感染症対策に携わったイギリスの政府最高科学顧問は、数理生物学を専門とするアンジェラ・マクリーン・オックスフォード大学教授だし、昨年2月、部下に対するパワハラで辞任したが、バイデン政権の首席科学顧問で、科学技術政策局局長を務めたエリック・ランダーも数学者だった。
感染症にかかわらず、近年の医学研究の中心はゲノム研究だ。mRNAワクチンの開発はもちろん、がん個別化医療から腸内細菌研究まで、大量のゲノム情報の分析が必要となる。中心的役割を担うのは医師ではなく、数学者だ。
日本は、このような世界的趨勢に反している。
コロナ対策の政府専門家会議のメンバーの大半が臨床医だ。政府でコロナ流行のモデル研究を進めた西浦博・京都大学教授は、宮崎大学医学部を卒業した臨床医である。
日本の医療・公衆衛生行政の特徴
「公衆衛生ができるお医者さん」「数理モデルに詳しいお医者さん」など、臨床医学以外に造詣が深い医師が重用されるのが、今の日本の医療・公衆衛生行政の特徴だ。
なぜこうなるのかは、厚労省の医療・公衆衛生政策を仕切る人間が、医師免許を有する医系技官だからだ。「医療に詳しい行政官」ではなく、「行政に詳しいお医者さん」という点で前出の専門家と同じだ。
わが国の感染症対策を仕切るのは、こうした医系技官を筆頭に、感染研・NCGMなどから構成される「感染症ムラ」だ。幹部がこうなのだから、組織は問題だらけだ。
その1つが、情報開示に消極的で閉鎖的なことだ。
例えば、2020年のコロナが流行した当初、渋谷健司キングス・カレッジ・ロンドン教授(当時)が超過死亡の推定に用いるデータの提供を感染研に求めたが、「超過死亡の推定に用いている死亡数の実数は公表していない。データの詳細を知りたい場合には、データの利用申請が必要になり、その場合には手続きに数カ月かかる」と担当者から言われた。その後、感染研は対応を変え、「出す義務はない」と返事をしてきた。超過死亡のデータは統計法に基づく調査でなく、情報開示義務はないらしい。
こんなことを言う海外の政府系研究機関を私は知らない。多くは元のデータを公開しており、世界中、誰もが分析できるようにしている。
この手のエピソードには枚挙に暇がない。
厚労省のクラスター班の一員で、西浦教授と共同研究を進めていた東京理科大学教授は、2020年4月24日の自身のツイッターで「計算式だせだせ、て、みなさんいうけど、査読中で、通ったら出します。て答えていたよ。西浦先生。掲載されたら出せます、て、当たり前すぎる回答でした。科学だから」と述べている。
国民の命より、自分の論文が優先というわけだ。こんな発言をして、組織内で問題視されないのだから、腐敗しているとしかいいようがない。
公衆衛生危機への対応が設置根拠法に盛り込まれているNCGMには、コロナ禍で巨額の補助金が流れ込んだ。受け取った補助金の総額は、2019年度の6億6997万円から、2021年度の51億8991万円(7.7倍)に増えている。この金はコロナ患者を引き受けるためのものだ。
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