東宝が「超一等地」に不動産を持っているワケ ゴジラの新宿の次は本丸の日比谷再開発へ
外国人観光客に加え、これまで見掛けなかったOLまでもが、カメラを手に通りを闊歩する。風俗街として名の知れた、新宿歌舞伎町のセントラルロードが今、にぎわっている。目当ては怪獣「ゴジラ」像である。ゴジラが居座るのは、4月17日にオープンした、新宿東宝ビル。8階テラスに実物大のゴジラの頭部を擁し、都内最大級のシネコンが入った、東宝の所有するビルだ。
「東宝にとって大切な場所」(島谷能成社長)というこの地は、阪急東宝グループの創業者、故・小林一三氏が1956年に開業した、新宿コマ劇場の跡地である。演歌公演で人気を博し、周辺の映画館と併せ、昭和の娯楽発信地としての地位を誇っていた。しかし、1990年代以降は演歌衰退に伴い、客が減少。劇場を営むコマ・スタジアムは2006年度から赤字続きで2008年には閉鎖を決断した。コマ・スタジアムの株主で、隣接する新宿東宝会館の所有者だった東宝が、同社を買収したという経緯がある。
もともとは東宝に加え、ボーリング場などを運営する東急レクリエーション、東亜興行、ヒューマックスの4社で、一体開発を計画していた。日本政策投資銀行が音頭を取るプロジェクトのはずだったが、「開発の方向性や資金力の違いが大きく、計画は立ち消えになった」(関係者)。
ホテルやシネコンで、寂れた風景が一変
結局、東宝は単独開発を選んだものの、歌舞伎町という土地柄、オフィスの入居は難しかった。リーマンショック後の景気後退も直撃。その後、複数のホテルから声がかかり、藤田観光の「ホテルグレイスリー」に決定する。1泊2万円強(基本料金)は相場よりかなり高い。系列の「TOHOシネマズ」も入り、投じた総事業費は300億円。寂れた風景は一変した。
劇場などの跡地を再開発し、収益性を高めるのは、東宝の得意技だ。
前期の業績は売上高2069億円、営業利益318億円という高収益で、営業利益のうち4割を不動産事業が占めた。時には映画事業を上回った期もある。新宿だけでなく、名古屋や大阪、博多など、主要都市に数多くの物件を所有。ほとんどが映画館として購入したものといっていい。
これは戦前から昭和30年代にかけ、小林氏の「百館主義」の下、全国に映画館の用地を次々と購入したことに由来する。百館主義とは、全国に100の映画館を造ってチェーン化し、映画界の川下を押さえる戦略だ。半世紀以上前の用地取得が、ヒットの有無で激変しやすい“水物”の映画事業を下支えする、不動産事業の礎となった。
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