この秩序観は、欧米の民主化推進などの価値の押し付けに対抗でき、グローバルサウスの支持を得やすい。ただ、国家主権を必要以上に強調し、価値に関する議論を避け続ければ、純粋に「国益」を主張し合う競争環境が醸成されやすくなる。結果として、常に力を持つものが有利という勢力均衡の論理、排他の論理に傾くおそれもある。
実際、中国の東南アジア政策には、アメリカの影響力を削ぎ、自らのプレゼンスを拡大するという思惑が見え隠れする。中国が展開している硬軟織り交ぜた外交戦略、すなわち「地域公共材」の提供と「くさび戦術」を組み合わせた戦略がそれを物語っている。
まず、地域の支持を得るため、中国は地域諸国との貿易や経済・開発支援、域内での災害救援、コロナ発生後にはシノバック等のワクチン配布などの「地域公共財」を提供している。
特に中国は東南アジア諸国の最大の貿易パートナーとして成長し、「一帯一路」の名のもとでインフラ構築支援、近年ではSDGs(持続可能な開発目標)の達成を考慮にいれた「グローバル開発構想」も推進している。東南アジアへ向けた投資拡大も進んでおり、これらの活動は地域諸国の利益になり支持を得ている。
ASEANにくさびを打ち込む中国
他方、中国はASEAN諸国が結束して対中政策を練らないよう、くさび戦術もとっている。2012年、フィリピンがスカボロー礁で中国と対峙した際、ASEAN諸国の意見が割れ外相会合で初めて共同声明が発表できなかった。これは中国がカンボジアに対し外交的影響力を行使したと考えられている。
また、中国が真っ向から否定する2016年の南シナ海仲裁判断に対し、シンガポールがその国際法の重要性に触れた結果、台湾で演習を終えた装甲車「テレックス」を香港で差し押さえられたり、第1回「一帯一路」フォーラムに招待されなかったりした。
経済力を用いた懐柔や外交的な圧力を織り交ぜ、ASEANにおけるコンセンサスを崩し、くさびを打ち込む形である。
もちろん、中国はASEANへ明確な支持を打ち出している。2022年8月のASEAN中心性に関するポジションペーパーでは、多国間主義におけるASEANのリーダーシップを支持するとともに、「インド太平洋に関するASEANアウトルック」(AOIP)に賛同した。「インド太平洋」に関わる言説を嫌った中国が、AOIPを支持したことは外交上の意義が大きい。
しかしこれは、欧米諸国による「インド太平洋」の言説を受け入れたことを意味しない。クアッド(日米豪印戦略対話)、AUKUS(米英豪安全保障パートナーシップ)、IPEF(インド太平洋経済枠組み)など、新たな地域枠組みに対し否定的な態度も示しており、欧米諸国を牽制している。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら