反攻を前に揺らぎ始めたプーチン大統領の権威 高まる政権内強硬派の不満、「飼い犬」からは侮辱も

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プリゴジン氏がパトルシェフ氏やセチン氏と連携を始めた兆候があると証言するのは、ロシアの政治コメンテーター、アッバス・ガリャモフ氏だ。かつてプーチン氏のスピーチライターも務め、クレムリン内の情報に精通している同氏はこう話す。

「パトルシェフとセチンがプリゴジンに資金提供を約束する紙を書き、戦術的同盟関係ができた」と。パトルシェフ氏ら2人は、プリゴジン氏が今回主張した国境閉鎖など、いわゆる北朝鮮化を以前から主張しており、プーチン氏に対し、総動員令をはじめ、今の社会・経済体制をより軍事色の強いものに切り替えるよう圧力をかける狙いとみられる。

セチン氏は1990年代初め、サンクトペテルブルク第1副市長だったプーチン氏の秘書を務め、プーチン氏が大統領府に移った際も一緒にモスクワに来た子飼い中の子飼い。そのセチン氏がプリゴジン氏と手を握るのは大統領にとってショックだろう。

なぜプリゴジン氏は排除されないのか

自らを侮辱し、国防省のトップ2人をこき下ろすプリゴジン氏がクレムリンの権力ヒエラルキーの破壊を進めていることは明らかだが、なぜ大統領はプリゴジン氏を排除しないのか。それは、ウクライナ軍の反攻作戦開始を前に、プリゴジン氏の代わりを果たせる人物がいないからだ。

バフムト制圧をプリゴジン氏が宣言した翌日、プーチン氏はワグネルに祝意を表明した。これが象徴するように、正規軍が頼りない中で、クレムリンとしては今、プリゴジン氏を切るわけにはいかないのだ。

ガリャモフ氏はこんなエピソードを紹介する。ショイグ国防相やメドベージェフ安保会議副議長らがプーチン氏に対し、プリゴジン氏を排除するよう求めたのに対し、大統領はこう一蹴したという。「君たちは文句を言ってくるが、それは、彼が君たちを批判するからだろう。しかし、プリゴジンを切ったら、誰が戦うのか」と。

「プリゴジンが国を内部から破壊しており、彼を排除しなくてはいけないことを大統領は頭では理解している。しかしプリゴジンを排除したら、プーチンは自分で戦わなくてはいけなくなるとわかっているのだ」。プーチン氏の今の心境をガリャモフ氏はこう推測する。今大統領がすがっているのは、大統領の言うことは聞く、と言ったプリゴジン氏の言葉だという。

結局のところ、国内政策をめぐって、プーチン氏はパトルシェフ氏やプリゴジン氏の最強硬派の主張にすり寄った政策に徐々に移行する可能性が高いと筆者はみる。

しかし、反攻作戦をはね返すことができず、ウクライナに軍事的に追い込まれる事態となれば、業を煮やした最強硬派がクレムリン内でクーデターを起こす可能性も完全には排除できないだろう。現状はそれほど波乱含みだ。

その一端を示すことがある。今、ロシアでワグネル社以外に、民間軍事会社が続々と誕生していることだ。まず国防省でさえ自ら軍事会社創設を発表。さらに先述したGRUや、世界最大の天然ガス生産企業であるガスプロムも設立に走った。

この動きはウクライナ戦争での戦力強化という面は当然あろうが、水面下の本音としては、将来の国内での混乱を念頭に、さまざまな勢力が武力で自らの権益を守ろうとする動きと筆者はみる。

この間まで非公然の存在だった民間軍事会社トップがクレムリンに君臨している大統領を侮辱し、国防省トップの権威もなくなった。「機構なき荒野と化した」と反政権派から揶揄され始めているプーチン・ロシアは重大な局面を迎えている。

吉田 成之 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長

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よしだ しげゆき / Shigeyuki Yoshida

1953年、東京生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒。1986年から1年間、サンクトペテルブルク大学に留学。1988~92年まで共同通信モスクワ支局。その後ワシントン支局を経て、1998年から2002年までモスクワ支局長。外信部長、共同通信常務理事などを経て現職。最初のモスクワ勤務でソ連崩壊に立ち会う。ワシントンでは米朝の核交渉を取材。2回目のモスクワではプーチン大統領誕生を取材。この間、「ソ連が計画経済制度を停止」「戦略核削減交渉(START)で米ソが基本合意」「ソ連が大統領制導入へ」「米が弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの脱退方針をロシアに表明」などの国際的スクープを書いた。

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