反攻を前に揺らぎ始めたプーチン大統領の権威 高まる政権内強硬派の不満、「飼い犬」からは侮辱も

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ワグネル社は2010年代以降、アフリカやシリアにおけるロシアの軍事介入の隠れみのとして活動してきた。国内で民間軍事会社は法的には禁じられており、一種の非合法軍事組織だった。2022年のウクライナ侵攻では、もたつく国防省の正規軍を尻目に戦闘力を発揮して、クレムリンが事実上公認した存在だ。

戦争前は日陰の存在だったプリゴジン氏は会見直前の5月20日、激戦が続いていた東部要衝バフムトの完全制圧を発表して、ロシア政界における政治的地位を一層固めていた。

実はプリゴジン氏がプーチン氏の権威に挑戦する姿勢を見せ始めたのは、5月9日の対独戦勝記念日だ。軍事パレードに登場した兵器がまばらで、史上最も寂しい戦勝記念日とも揶揄されたこの日のプーチン氏の演説が終わった後に、初めてプーチン氏を揶揄する動画をネット上に公開した。

「幸せなじいさん」という隠語の意味

この時、注目されたのは「幸せなじいさん」という表現を使ったことだ。「ジェードシュカ(じいさん)」という表現はクレムリン内で高官らがプーチン氏を指す隠語だ。プリゴジン氏は「もしジェードシュカがどうしようもない間抜けだったら、この国はどうなるんだ」と強烈に揶揄した。

プーチン政権下で政府側の高官が大統領を公然とここまであしざまに言うのは、過去例がない。正にプーチン氏の威光に真っ向から挑戦した格好だ。

プーチン氏はもともと対立する各勢力を競わせて、調停者として最終決定を行う「国父」的政治スタイルだった。2022年2月の侵攻開始後も軍部や情報機関などの対立も巧みに裁いていた。

国防省とワグネルとの対立も状況に応じて肩入れする側を入れ替えてきた。2023年初めにロシア軍が攻勢に出る際はゲラシモフ参謀総長に司令塔権限を与え、一時はプリゴジン氏の政治キャリアは事実上終わったとの見方も出ていたほどだ。しかし、その後は正規軍とワグネル部隊を併用する戦略に切り替え、バフムト攻略ではワグネルを中核部隊として使っていた。

ではなぜ、プリゴジン氏がプーチン氏と距離を露骨に取り始めたのか。その理由の1つは、戦争でロシア軍が勝つのは不可能と内々に判断したプリゴジン氏が、プーチン退陣後の混乱をにらんで自ら有力な政治家として地位を固めることを狙っている可能性だ。

プーチン政権が苦戦から抜け出せない中、自ら状況を打開する救世主としてのイメージを誇示しようとしているのではないか。

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