鈴木さんの挑戦はいつも果敢で、徹底的だ。デンマークのカフェで働くときも「自分にはコーヒーの知識も技術もない。デンマーク語も話せない。つまり、デンマークのカフェには自分を雇う理由がない」と冷静に分析した上で、求職期間を3カ月と決めて、コペンハーゲン中のカフェを片端から回って働かせてくださいと頼んだ。
断られ続けてもめげずに頼み込む日々
連日断られ続けて3カ月が過ぎようとする頃、やっと1軒のカフェに「5日間だけ教えてあげるからおいで」と言ってもらうことができた。
「6日目はどうしよう? せっかく入り込めたんだから、このチャンスを逃すわけにはいかない。『もう来るな』と言われるまで続けようと考えて、7日目も8日目も頑張ってお店に行ったんです。そうしているうちに自然に自分の居場所ができて、そのカフェで働けるようになった」
自宅にエスプレッソマシンを購入し、職場でも自宅でもがむしゃらに抽出の特訓を重ねる毎日。他店にも積極的に足を運んでバリスタの動きを観察し、そのコーヒーの味を覚えていく。知れば知るほどゴールが見えなくなっていくからこそ、コーヒーの世界が面白くてのめりこんだのだった。
帰国して東京のフグレンでバリスタとして活躍している間、鈴木さんは「スペシャルティコーヒーの世界は、たとえるなら3軒のお店が10人の顧客の争奪戦をしているようなものではないか」と感じていた。トランクコーヒーは11人目、12人目の新しい人にスペシャルティコーヒーの魅力を知ってもらおう、コーヒー好きの絶対数を増やそうと試みる。
「コーヒーへの入口はなんでもいいんです。コーヒー道具は男性目線で作られたものが多いから、女性に『可愛い、使ってみたい』と言われるカップやドリッパーを作ろうと思った。それを地元の企業と協力して実現すれば、名古屋から新しいコーヒー文化を発信することもできる」
一見、コーヒーの需要がなさそうなクラブのDJイベントや、クラフトビールのフェスティバルにも積極的にコーヒーを淹れに行き、好評を博した。「クラフトビールには、スペシャルティコーヒーに共通するバックグラウンドや作り手の情熱がある。そんなビールを求める人々に、おいしいコーヒーにも興味を持ってもらえれば」そんな数々の新しいアイディアが功を奏して、トランクコーヒーは味や暮らしにこだわりのある人々が集まり、つながっていく場所へと成長しつつある。
一人ひとりに満足してもらうために
しかし、何よりも大切なのは、目の前にいるお客さま一人ひとりにおいしいコーヒーを飲んで満足してもらうことだ。その基本をないがしろにしてほかのことはできない、と鈴木さんは力説する。「満足してもらうには、愛情のこもった高品質のコーヒーだけではなく、いい空間、自由でリラックスした雰囲気、スタッフとのコミュニケーションなどの要素も大切です」
ゆえにスタッフに対しては「姑のように細かいことまで」指導する。コーヒー抽出の技術向上は当然として、お客に見られていることを意識して美しくしなやかな動作を心掛けること。現在の自分に満足して止まってしまわないこと。
彼らを育てたら、いずれ自分は裏方に回って若いバリスタたちが活躍できる場を増やし、コーヒーを介してつながった人々とともに、名古屋を先進的なコーヒー都市、ひいてはもっと暮らし心地のいい、自由な風の吹く楽しい街に変えていきたいのだという。
鈴木さんの中にはやりたいこと、試してみたいアイデアが次々に生まれているようだ。
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