「スーパー資本主義」対「ポスト資本主義」のゆくえ 「火の鳥」に学ぶ「超長期プラス文理融合」の視座

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「スーパー資本主義」と「ポスト資本主義」のせめぎ合いはどこへ向かうのか。科学と社会の新たなビジョンを提案する(写真:metamorworks/PIXTA)
加速する「スーパー資本主義」、持続可能性を前提とする「ポスト資本主義」の「せめぎ合い」はどこへ向かうのか。このたび上梓された『科学と資本主義の未来──〈せめぎ合いの時代〉を超えて』著者で、一貫して「定常型社会=持続可能な福祉社会」を提唱してきた広井良典氏が、同書をもとに解き明かす。

科学と資本主義の両輪

私たちが生きる現在という時代は、次のような2つのベクトルの“せめぎ合い”の時代としてとらえることができるだろう。

すなわち第1のベクトルは、いわば「スーパー資本主義」あるいは「スーパー情報化」とも呼べるような方向。それはたとえば“GAFA”や“デジタル・トランスフォーメーション”等々といった言辞に示されるように、すべてがデジタル化されて「効率化」が進み、人々がそこに一定の利便性を見いだす一方で、スピードと利潤をめぐる競争が極限まで展開し、労働の断片化や格差の拡大と並行して資源・エネルギーの争奪戦が進行し、その帰結として気候変動などの環境危機がさらに加速化していくような方向である。

『科学と資本主義の未来──〈せめぎ合いの時代〉を超えて』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら。楽天サイトの紙版はこちら、電子版はこちら

他方、第2のベクトルは、「ポスト資本主義」あるいは「ポスト情報化」と呼びうるような方向だ。それは、一部にはなお表層的な動きも存在するが、若い世代を含め人々が地球資源あるいは環境の有限性ということに関心を向け始めるとともに、「限りない拡大・成長」よりも「持続可能性」に軸足を置いた経済社会のありようを志向し、併せてそこでの分配の公正という課題や、コミュニティーないし相互扶助的な価値、ひいては人間にとっての“幸福”や豊かさの意味を再考していくような動きである。

以上のようなまったく異なる方向に向かうベクトルは、今後どのように進み、最終的にどのような像を結んでいくことになるのか。

この場合、こうした“せめぎ合い”がいかなる帰趨をたどるかという点において本質的な意味をもつのは、「科学」、あるいはそれと一体になった技術ないしテクノロジーがどのような形で展開していくかという点だろう。

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