エスニック国道沿い「大泉」サンバの町に変貌の訳 1996年、「町の人口」の1割が外国籍の人になった

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大泉「ビッグビーフ」のランチ(筆者提供)
群馬県高崎市から茨城県鉾田市まで北関東を横断する一本の道、それが国道354号線です。誰が呼んだか、この「エスニック国道」は知る人ぞ知る異国飯の本場なのです。外国人労働者が集まるレストランやモスク、ときには彼らの自宅でふるまわれる料理に舌鼓を打ちつつ目撃した、日本の屋台骨を支える「見えない人々」の姿を描いた『北関東の異界 エスニック国道354号線 絶品メシとリアル日本』の一部を抜粋してお届けします。
著者の室橋裕和さんが訪れたのは、ブラジル人が多く住み「リトル・ブラジル」「サンバの町」とも呼ばれる群馬県大泉町。1989年に大泉にやってきた日系ブラジル3世平野勇パウロさんの話から、この町の、日本人と移民たちの軋轢と共生の歴史をひもときます。(※本文中の肩書や年齢は取材当時のもの)

「日本にやってきて、自分がガイジンだってわかった」

ブラジルにいるころは自分のことを日本人だと思っていたパウロさんは、日本に来て学校に通いはじめると「ブラジル人、ガイジン」と疎外された。

これは多くの日系人が体験したことで、日系2世の幕田マリオさん(49)も同様だ。出稼ぎというよりも、父祖の地を見たい、いったんブラジルに移民してきたものの日本に帰っていった祖父に会いたいという気持ちで日本にやってきた。

太田にある積水ハウス関連の会社で壁の組み立ての仕事をしていたが、同僚の日本人からはことあるごとに名前ではなく「ガイジン、ガイジン」と呼ばれた。社員旅行や忘年会は「ガイジンさんは行かないよね」と、はじめから拒絶された。幕田さんが述懐する。

「僕はブラジルにいたとき、日本料理を食べていたんです。福岡出身のおばあちゃんが、味噌や豆腐、餅とかを家でつくってくれて。おばあちゃんとの会話は日本語だったし、両親も日本人で、自分のことは日本人だと思っていたんです。でもね、日本にやってきて、自分がガイジンだってわかった。それがショックだった。アイデンティティがなくなった」

ずっと憧れていた先祖の国、自らのルーツがある国の、それが現実だった。

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