それにしても、太宰治は山岸外史とずいぶん濃い時間を過ごしていたらしい。太宰の死後、「山岸さんが東京にいたら、太宰は死ななかったのに」と嘆かれたというエピソードからもわかるとおり、太宰は山岸にかなり心を開いていたのだろう。
ちなみに太宰の有名なエピソードとして「味の素が好きだった」というものがあるが、これも山岸外史の綴った回想録のなかに存在している。
鮭缶にかけて食べるくらい、味の素が好きな文豪……というとちょっと太宰のイメージも変わるのではないだろうか。ほかにも、温泉で自分の毛深さを気にしていたり、女性と別れてへろへろになっていたり、山岸が家に来ないと「なぜ、君は遊びに来ないのか」と怒ったりと、かなり人間味あふれる太宰の姿が山岸によって描写されている。
冗談が好きで、案外シャイだった太宰治
ほかにも山岸は、太宰から「デビュー作の推薦文を書いてくれ」という手紙を受け取っている。その手紙の文面がこちら。
――天才! この言葉に困った、と山岸は回想する。
「天才くらいの言葉、よどみなく自然に使ってね」なんて、デビュー作の推薦文を頼む際にどれほどの作家が言えるだろう。いやはや、この自己肯定感、と私は前回の川端康成への文章(『太宰治、川端康成を「刺す」と怒った"愛憎劇"の真相』参照)に続いて思うのであった。
太宰治というと、年中鬱のイメージがあるかもしれない。が、山岸外史の描く太宰は、冗談が好きで、案外シャイで、あんまり自分の言っていることややっていることに自覚的でなく、そして女性にも男性にも深い情熱を持った男だったように思える。そしてなにより、文学に対して真剣で、道徳よりも文学性を愛していた男だったのだ、と。
『人間太宰治』、小説や随筆に綴られた太宰の自画像からはわからない、人間味のある太宰の姿が見える一冊である。親友が綴った一冊、この機会にぜひ読んでみてはいかがだろうか。
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