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実は人間臭い「太宰治」鮭缶に味の素かけまくる訳 生涯の友人である山岸外史が見た文豪の素顔

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それにしても、太宰治は山岸外史とずいぶん濃い時間を過ごしていたらしい。太宰の死後、「山岸さんが東京にいたら、太宰は死ななかったのに」と嘆かれたというエピソードからもわかるとおり、太宰は山岸にかなり心を開いていたのだろう。

ちなみに太宰の有名なエピソードとして「味の素が好きだった」というものがあるが、これも山岸外史の綴った回想録のなかに存在している。

鮭缶が丼の中にあけられた。太宰はそのうえに無闇と味の素を振りかけている。
「僕がね、絶対、確信を持てるのは味の素だけなんだ」
クスリと笑い声が波立った。笑うと眉毛の尻がはげしく下る。
(山岸外史『人間太宰治』ちくま文庫より引用、1989年)

鮭缶にかけて食べるくらい、味の素が好きな文豪……というとちょっと太宰のイメージも変わるのではないだろうか。ほかにも、温泉で自分の毛深さを気にしていたり、女性と別れてへろへろになっていたり、山岸が家に来ないと「なぜ、君は遊びに来ないのか」と怒ったりと、かなり人間味あふれる太宰の姿が山岸によって描写されている。

冗談が好きで、案外シャイだった太宰治

ほかにも山岸は、太宰から「デビュー作の推薦文を書いてくれ」という手紙を受け取っている。その手紙の文面がこちら。

帝大新聞へ大きく「晩年」の広告出します。二枚のスイセンのお言葉、大至急速達にて、下谷区上野桜木町二十七の砂子屋書房あてに、たのみます。「天才」くらいの言葉、よどみなく自然に使用下さい。兄のマンリイなる愛情に期待する。他日お礼に参上。
(山岸外史『人間太宰治』ちくま文庫より引用、1989年)

――天才! この言葉に困った、と山岸は回想する。

「天才くらいの言葉、よどみなく自然に使ってね」なんて、デビュー作の推薦文を頼む際にどれほどの作家が言えるだろう。いやはや、この自己肯定感、と私は前回の川端康成への文章(『太宰治、川端康成を「刺す」と怒った"愛憎劇"の真相』参照)に続いて思うのであった。

太宰治というと、年中鬱のイメージがあるかもしれない。が、山岸外史の描く太宰は、冗談が好きで、案外シャイで、あんまり自分の言っていることややっていることに自覚的でなく、そして女性にも男性にも深い情熱を持った男だったように思える。そしてなにより、文学に対して真剣で、道徳よりも文学性を愛していた男だったのだ、と。

『人間太宰治』、小説や随筆に綴られた太宰の自画像からはわからない、人間味のある太宰の姿が見える一冊である。親友が綴った一冊、この機会にぜひ読んでみてはいかがだろうか。

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