東京外大の入試「数学2科目」必須化という大英断 前期の志願者数は前年比74%に減少のインパクト
上記で述べたことからも、大学で言語や文化などを学ぶ準備として、高校で数学Iや数学Aなどを学んでおくとよいだろう。注意すべき点は上でも触れたことであるが、「やり方」の暗記ではなく「理解」の学びが大切である。実際、次のような困った事例はいろいろ報告されていることに留意したい。
2012年度の全国学力テストから加わった理科の中学分野(中学3年対象)で、10%の食塩水を1000gつくるのに必要な食塩と水の質量をそれぞれ求めさせる問題が出題された。これに関して、「食塩100g」「水900g」と正しく答えられたのは52.0%にすぎなかった。1983年に、同じ中学3年生を対象にした全国規模の学力テストで、食塩水を1000gではなく100gにした同一の問題が出題されたが、この時の正解率は69.8%だったのである。
日本数学検定協会の3級で出題される2次方程式の問題で、簡単なはずの
という型の問題のほうが、解の公式を用いる
という型の問題より多くの場合、成績が悪いのである。これは、暗記偏重の学びであることの証しであろう。
「ゆとり教育」時代からの変化
筆者はこのような事態を憂慮して、2020年12月に『AI時代に生きる数学力の鍛え方』(東洋経済新報社)を上梓したのである。今月末に現本務校で70歳の定年退職となって45年間の大学教員生活の幕を閉じるが、4月からは次のように、高校生に対する教育に軸足を移す気持ちを固めた次第である。
1つは、同書を読んだ高校の先生から、勤務する神奈川県にある中学・高校の一貫校の数学に関する「探求学習」の指導を依頼されたこと。もう1つは、東京都内の女子高校で、非常勤講師として理解の数学教育を通して、少しでも生徒を数学好きに導く試みをスタートさせる運びとなったこと。
振り返ると、1990年代に「ゆとり教育」に突き進む頃の、数学に対する厳しい世相と比べると、現在はフォローの風が吹いていると感じる。当時、「これからは文化の時代で、数学教員は不要ゆえ、学校に残りたければ家庭科の教員になってほしい」と言われてその通りにして、夕方のテレビ情報番組にエプロンを付けさせられて出演した数学教員の姿を筆者は忘れられない。
現在は経済産業省のレポート「数理資本主義の時代」など、数学を重視する動きが活発になっている。このような動きをより良い方向に導くために、謙虚に努力していきたい所存である。
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