ジェームズ・ボンド原作「書き換え」は必要なのか 「現代の感覚」に合わせた再編集版に懸念の声

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もちろん、それらの作品を映像化する場合は、話がずいぶん違う。昔に書かれた小説が原作であっても、現代のフィルムメーカーが手がける映画は、自然にその時代の観客にふさわしいものになる。ダニエル・クレイグが演じるジェームズ・ボンドは、ショーン・コネリーやロジャー・ムーアの頃から比べると、かなり変わった。「#MeToo」を受け、ボンドのやることはセクハラではないかとの批判が出た後に作られた『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』には、それが最も顕著だ。

女性の感覚を入れるべく、女優でライターのフィービー・ウォーラー=ブリッジを脚本家に招き入れたこのシリーズ最新作は、微妙ではあるものの、確実にニュアンスがモダンになっている。

ダールの本の映画化も相変わらず人気で、昨年12月には『マチルダはちいさな大天才』を原作にした『マチルダ:ザ・ミュージカル』がNetflixで配信開始され、高い評価を得た。さらに今年は『チョコレート工場の秘密』をティモシー・シャラメ主演で再び映画化する『ウォンカ』が公開予定だ。この映画も、きっと現代的な感覚があるものになっていると予想される。

過去の作品に今の価値観を持ち込むのはありか

そんなふうに、時代に合わせたアップデートは、今から作るものに対してやればいいのだ。逆に、今作るのにそこをちゃんとやらなければ「今どき何をやっているのか」と叩かれるので、それ以外の選択肢はないともいえる。しかし、全然違う時代に生きた人がやったことに今の価値観を持ち込んで「今どきこれは」というのはどうなのだろうか。

新たなバージョンのボンド小説に入るただし書きが、その時代にはそれが普通の感覚だったのだと認めるように、そこには時代背景、歴史がある。近年、奴隷の描写について批判を受けた映画『風と共に去りぬ』は、ただし書きを入れて対応したが、映画の中身をいじることはしていない。歴史を否定するのではなく、歴史は歴史として受け止める。そして、ただし書きで説明しつつ、作品は作品として残せばいい。フレミングとダールについてはもう今さら何を言っても遅いが、今、同じようなことを考えている人がいるなら、ぜひあらためて考え直してほしい。

猿渡 由紀 L.A.在住映画ジャーナリスト

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さるわたり ゆき / Yuki Saruwatari

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。

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