「がん治療も妊娠もあきらめない」先端医療を取材 がん患者3人が出産、まだ研究段階で課題も

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同院では、2010年から臨床研究として卵巣組織凍結を実施し、これまでに13人が凍結した卵巣を移植したという。

現在、研究中であるという卵巣組織凍結とは、どういうものなのか。

卵巣組織凍結とはどんな治療か

「患者さんの片方の卵巣を取り出し、卵子のある外側の皮質を短冊状に切りわけ、凍結保存します。もう片方の卵巣は残しておくのが一般的です。その後、患者さんのがんが寛解し、残した卵巣が機能不全に陥っていた場合、凍結しておいた卵巣組織を融解して卵巣や腹膜などに移植し、自然妊娠または体外受精を目指します」(鈴木さん)

この卵巣組織凍結・移植によって、世界で初めて子どもが生まれたのは2004年のこと。

「ベルギーの医師・Jacques Donnez先生が、悪性リンパ腫の25歳の患者さんが抗がん剤と放射線治療で赤ちゃんを産めなくなるおそれがあったことから、腹腔鏡下手術で卵巣を1つ取り出して小さく切り、緩慢凍結法で凍結保存しました。その後、5年以上が経過して患者さんのがんが寛解したときに残した卵巣が機能不全に陥っていたため、がんの治療医との密な連携のもと、凍結しておいた卵巣のかけらを移植したわけです」(鈴木さん)

2006年からはがん患者の妊孕性を残すことを目指そうと、「ISFP(国際妊孕性温存学会)」、「ASRM(アメリカ生殖医学会)」、「ASCO(アメリカ臨床腫瘍学会)」がガイドラインを作成し、アメリカのネットワーク「Oncofertility Consortium」、ドイツ語圏のネットワーク「Ferti PROTEKT」など、世界中で積極的な取り組みが始まったという。

同年、鈴木さんのチームは、卵子や精子の凍結時に使用する「ガラス化凍結法」を用いて基礎研究をスタートさせた。2007年にはカニクイザルでの新たな卵巣組織凍結・移植に成功した。

「当時の日本では、がん治療医から患者さんへの妊孕性に関する正確な説明、がん治療医と産婦人科医や泌尿器科医との連携があったかというと、さほどありませんでした。そこで研究を進めるだけでなく、私たちは2010年にがん・生殖医療の専門外来を、2012年には日本がん・生殖医療学会 の前身であるNPO法人を立ち上げ、ネットワークを作りながら、情報提供に努めてきました」(鈴木さん)

研究者の尽力によって少しずつ進歩してきた妊孕性温存療法。いまも臨床試験段階であり、必ずしも妊娠や出産につながるとは限らないが、それでも世界レベルでは卵巣組織凍結・移植のエビデンスは少しずつ積み上がってきている。

たとえば、ベルギー、イスラエル、アメリカの研究では、14〜39歳(平均年齢26歳)の1314例が卵巣組織凍結し、うち21〜45歳(同32歳)の76例(解析は60例)が移植。月経再開率は94%、1回の妊娠が成立した患者は50%、生児獲得1回の患者は41.7%で、流産率は6%だった。「これは決して悪くない数字です」と鈴木さんは言う。

卵巣組織凍結のための手技。写真はセミナーで紹介したもので、ウシの卵巣を用いている(写真:鈴木さん提供)
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