ウクライナへの「戦車供与」に折れたドイツの苦悩 根強い反戦世論、欧州安保の「盟主」の座は遠い

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今回もその原則に盾に、アメリカと共同して戦車を供与すると主張した。ただ、ドイツが率先して供与すると、ロシアからことさら敵視される恐れがあり、それを避けるための口実に使っていた面は否定できない。英国、ポーランド、フィンランド、フランスなどが相次いで戦車供与を表明し、「単独行動を避ける」という口実は有名無実になっていった。

アメリカの戦車供与が後押し

ドイツからM1エイブラムス戦車の供与を求められていたアメリカは当初、「欧州に配備されていないので大西洋を運ばねばならず、ガスタービンエンジンのジェット燃料補給が難しい」と消極的だった。しかし、最終的にはドイツの供与を促すという「軍事的判断というより政治的判断」(ARD)で、アメリカもM1エイブラムスを供与することを決断した。

アメリカが供与に同意し、リスクの分散が可能になったと説明できるようになったからこそ、ドイツがレオパルト2供与に踏み切ったと見られている。

ドイツ国内では、これまで戦車の早期供与を主張してきた連立与党の緑の党、自由民主党(FDP)、野党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は、ショルツ氏の決断を歓迎しているが、「もっと迅速に行うべきだった」という留保付きである。

確かに、依然として軍事に関する忌避感があるドイツとしては、火砲、対空砲、歩兵戦闘車といったこれまでの供与実績だけでも、侵略前はとても考えられなかったタブーの破壊と言えるだろう。

しかし、「緩慢な意思決定は時間を無駄にした。ドイツは常に新たな理由をつけて兵器供与に同意せず、それでも結局は供与する、という印象を植え付けてしまった」(ARD)という批判も出ており、欧州の安全保障に主導的役割を果たすにはまだほど遠いドイツの姿をさらしてしまったことは否めない。

ドイツのウクライナ戦争に対する姿勢は今後も問われ続けることになるだろう。

すでにウクライナ政府の閣僚などから、ドイツなどに配備されているトルネード戦闘機の供与を求める発言も出始めている。しばらくすれば、新たな兵器供与の是非をめぐる議論が浮上しそうである。

三好 範英 ジャーナリスト

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みよし・のりひで / Norihide Miyoshi

みよし・のりひで●1959年東京都生まれ。東京大学教養学部卒。1982年読売新聞社入社。バンコク、プノンペン、ベルリン特派員。2022年退社。著書に『ドイツリスク』(2015年山本七平賞特別賞受賞)『メルケルと右傾化するドイツ』『本音化するヨーロッパ』『ウクライナ・ショック 覚醒したヨーロッパの行方』など。

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