「アメとムチ」なしで人を動かす行動経済学的方法 パイロットに数百万ドル節減させた画期的事例

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こうした判断の最終権限は機長にあり、会社側は燃料節約に関して奨励する手順は定めているものの、義務づけているわけではない。

だが、ヴァージン航空は、炭素排出量を削減する方向で、パイロットに行動を促すナッジを取り入れるメリットがある、と考えていた。問題は、機長が長年慣れ親しんだ習慣を、いかに変えさせるかだ。

そこで、同僚エコノミストとわたしの出番である。われわれは社会規範を活用することを考えたが、陰険な雰囲気でヴァージン航空らしい明るい職場環境を台無しにしないよう心掛けた。

航空会社の機長は、その座を手に入れるために訓練を重ね、並々ならぬ努力で機長としての重責を果たしている。そのため、少なくとも理屈のうえでは、仕事に誇りをもっている人たちだと考えられる。

こうした人たちなら、地球のために良いことをしようと責任感をもつ可能性が高く、少なくとも会社の損益に責任をもつだろう。

燃料の無駄遣いという、望ましくない行動をとったところで金銭的なメリットがあるわけではない。とはいえ、決まった行動パターンを変えることについては、意識的にも無意識的にも抵抗があるだろうと考えられた。

これらを念頭においてわれわれが立案した戦略は、懲罰的な手段にも、個人的な報酬にも頼らないものだった。カギとなるのは、単純な情報収集と内々の情報提供だ。それとないナッジが、社会的なインセンティブの役割を果たしてくれることを期待した。

3つのグループに異なるメッセージを送る

2014年2月から9月にかけて、ヴァージン航空のパイロットの3つのグループに、毎月、それぞれ異なるレポートを送った。

第1のグループには、本人の前月の燃費についてのレポート。
第2のグループには、前月の燃費に加えて、各人に燃費節減目標を示し、目標達成を促すメッセージを添える。
第3のグループには、第2グループとおなじく前月の燃費報告、個人の燃費節減目標の奨励に加え、目標が達成されるごとにパイロット本人名義で慈善団体に少額の寄付がされる、との情報を付け加えた(これは、「向社会的インセンティブ」と呼ばれる)。
第4のグループは対照群で、単に燃料使用量が計測される、とだけ伝える。

こうして7か月にわたって、いつものように世界中を飛び回るパイロットに、毎月ささやかなレポートを送り続けた。

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