コミュ障な人がコミュ障だからって一体何が悪い 小田嶋隆「人間というのは、不完全なものだよ」

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コミュ障
コミュ力という魔法の杖に流されすぎていないか(写真:metamorworks/PIXTA)
友だちがいるって本当はウソなんじゃないのか。
友だちの友だちは他人。人と人とがいともたやすくつながってしまう、そんな世の中で、はたして友だちとは何だろう?
2022年6月に他界したコラムニストの小田嶋隆氏が、自ら代表作と明言していた小田嶋隆クラシックス3部作、第2弾『小田嶋隆の友達論』から一部抜粋、再構成してお届けします。
<※本書は2015年に太田出版から刊行された『友だちリクエストの返事が来ない午後』を底本としています>

人口密度の低い土地が苦手だが、人疲れもする

個人的な話をすると、私は田舎に住んだことがない。

生まれてこのかた、五十数年の人生のほぼまるごとを、東京の場末のゴミゴミした町で暮らしてきた。

一度だけ、20代の頃に、大阪で一人暮らしをしたことがあるのだが、その折に、ほんの半年ほど住んでいたのも、大阪の中心地から地下鉄で20分ほどのところにある町中(まちなか)のアパートだった。

だからなのかどうなのか、私は、人口密度の低い土地が苦手だ。海も山も、観光で通りかかる分には好きだし、広い空の下にいると、気分がせいせいすることも確かなのだが、そういう場所に3日もいると、もう帰りたくなる。この時の気持ちは、恐怖感に近い。あるいは、広場恐怖症みたいなものが若干介在しているのかもしれない。とにかく、都会の何が好きだというわけでもないのだが、人の気配が希薄な環境の中に投げ込まれると、どういうものなのか、急激な寂寥(せきりょう)感に襲われて逃げ出したくなるのだ。

電車の窓から、谷間の集落の小さな屋根だとか、雪国の夜の底に光っている一軒家の窓を見ると、

「ああ、こういうところにはオレは住めない」

と、つくづく思う。

もっとも、人混みが大好きだというわけでもない。

休みの日に渋谷あたりに出かけると、2時間でオーバーフローの状態になる。特に重労働をしたというわけでもないのに、大勢の人間が集まる空間を歩きまわると、それだけで、人疲れしてしまうのだ。

要するに、対人的な設定についての要求が細かいのだと思う。こういう性質を「繊細」というふうに表現して積極的に評価することも可能ではある。が、最近はあまりそういういい方はしてもらえない。

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