過去に戻れる喫茶店、失踪した相方待つ男の一言 小説「思い出が消えないうちに」第2話全公開(2)

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「奥さんですよ。もう一度会いたいとか思わなかったんですか?」

なんでこんな話になったのか、流にはわからない。

「それ、前に菜々子ちゃんからも聞かれたけど……」

「そうなんですか?」

「そんなに気になる話かな?」

「だって、東京のお店にいれば、十四年ぶりに奥さんに会えたはずなのに……」

夏の終わりの話である。

流の妻、計は出産後は長く生きられないと医師に宣告され、自分の娘に会うために過去からやってきた。ちょうど、そのタイミングでユカリが突然渡米してしまい、店長代理として流が来函したのである。タイミングが悪いといえば悪いが、十四年ぶりに会えるのなら、その日だけでも東京に戻ればよかったのではないかと、玲司は言いたいのだ。

しかし、流は、

「あいつは俺じゃなくて、ミキに、娘に会いに来たわけだし……」

と、平然と答えた。

すねているのではない。言葉の通りだと思っている。そこになんの裏もない。流はそういう男である。

「でも……」

玲司はそれでも納得できないらしい。

「なに?」

「十四年ぶりに会えるんですよ?」

「ま、確かに……」

「会いたいとか思わないんですか?」

「うーん、だから、あいつは俺じゃなく、ミキに会いに来たわけだし……」

話がもとに戻った。

流は本気でそう思っている。だから、それしか答えようがない。十四年ぶりだから会いたいはず、と迫る玲司の考えが理解できないのだ。

「考えたこともないなぁ」

「じゃ、流さんが過去に戻って会いたい人はいますか?」

玲司は話題の方向性を変えてみた。

「俺?」

「はい」

流は腕組みをして、細い目をさらに細くして考え込んだ。

しばらくうなって、

「……うーん、いないな」

と、つぶやいた。

「それはなぜ?」

「なぜ?」

むしろ、

(なぜ、こんなこと聞きたいんだろ?)

と、首をひねった。だが、それはそれ。玲司の意図はわからなくともまじめに答えようとしている。

「うーん」

声に出してうなる流。

思い出が消えないうちに
『思い出が消えないうちに』(サンマーク出版)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

「じゃ、過去に戻れるのに、奥さんに会いたいと思ったことはないんですか?」

「あ、そういうこと?」

「はい」

「うーん、それは、考えたこともないなぁ」

「そうですか……」

どうやら、玲司の欲しかった答えではなかったようだ。

「どうしたの?」

今度は玲司が難しい顔をして首をひねった。

「昼間の話を聞いてて、林田さんはなんで轟木さんがここに来るかもしれないって思ったんだろうって……」

(1月10日配信の次回に続く)

川口 俊和 小説家、脚本家、演出家

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かわぐち としかず / Toshikazu Kawaguchi

大阪府茨木市出身。1971年生まれ。舞台『コーヒーが冷めないうちに』第10回杉並演劇祭大賞受賞。同作小説は、本屋大賞2017にノミネートされ、2018年に映画化。川口プロヂュース代表として、舞台、YouTubeで活躍中。47都道府県で舞台『コーヒーが冷めないうちに』を上演するのが目下の夢。趣味は筋トレと旅行、温泉。モットーは「自分らしく生きる」。

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