林田の自宅に絵ハガキを送ってくるぐらいだから、三人がユカリとこれまで交流がなかったわけではない。この場合、思い出したのは「過去に戻る」ということを意味している。
「きっと、あいつの下にも届いているはずなんです、だから……」
「轟木さんもこの喫茶店のことを思い出して、その、亡くなった奥さんに会いにくるのではないか? と?」
数が聞くのに、林田は明確に、
「はい」
と、答えた。
おそらくは、
(間違いなく来る)
と、思っている。
カランコロロン
「いらっしゃいませ」
すぐさまカウベルに反応したのは玲司だった。無意識と言ってもいい。
数はただ黙って入口に目を向けただけだったが、入って来た人物を認めると、
「……麗子さん」
と、つぶやいた。
布川麗子は時々この喫茶店にやってくる客の一人である。麗子の妹が去年まで観光シーズンの繁忙期だけこの喫茶店でアルバイトをしていたのだ。色白でどこか儚げな雰囲気の麗子は、店の入口で店内をゆっくりと見回しているだけで、席につこうとはしなかった。
「今日は、まだ、来られてませんよ」
「麗子さん?」
そうやって、麗子の様子をうかがうように声をかけたのは玲司である。もちろん、玲司も麗子のことはよく知っている。
麗子は、今、声をかけてきた玲司にはなんの反応も見せず、
「雪華は?」
と、消え入りそうな声でささやいた。
誰に問いかけたのかはわからない。視点の定まらない目は、ぼんやりと窓の紅葉を見ているようにも見える。
「え?」
菜々子が驚いて玲司を見返った。
玲司は困り顔で、数歩、麗子に歩みより、
「え……っと……」
と、言葉を詰まらせて、こめかみをかいた。
すると、ふいに、
「今日は、まだ、来られてませんよ」
と、数が答えた。
麗子の視線が数をとらえた。
長いようで、短い沈黙ののち……
「また来るわ」
そう言って、麗子はゆらりと踵を返し、店を後にした。
カラン……コロロン……
つかの間の出来事ではあったが、玲司も菜々子も何が起きたのかわからないというような表情で顔を見合わせている。
沙紀だけがそそくさと立ち上がり、カウンターの上にランチ代七五〇円を置くと、
「ありがと」
という言葉を残して、麗子のあとを追うようにして店を去った。
カランコロロン
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