過去に戻れる喫茶店、失踪した相方待つ男の一言 小説「思い出が消えないうちに」第2話全公開(2)

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「世津子は、信じられないほどあっけなく……」

菜々子が目を伏せた。

「次は芸人グランプリ優勝……。それが世津子の最後の言葉になりました」

静かに、仕事をすませた玲司が場に戻ってきた。途中、離れていても、ずっと気にかけていたのだろう、内容をすべて把握しているわけではなさそうだが、神妙な面持ちで聞いている。

「なるほど……」

沙紀はすべてを理解して、短くつぶやいた。

愛する妻の残した遺言。それが芸人グランプリの優勝だとすると、それを二か月前に達成してしまった轟木を支えていたものが無くなってしまったのだ。妻を失った悲しみが深ければ深いほど、そして、妻の願いを叶えようという思いが強ければ強いほど、その喪失感は大きいに違いない。

「毎日、浴びるように酒を飲むように」

それは、話を聞いていた誰もが想像できた。

「燃え尽き症候群とでも言うのでしょうか……、芸人グランプリを制するまでのあいつは鬼気迫るものがあったのですが、世津子の残した夢を実現させてしまったあと、本当に廃人のようになってしまって、毎日、浴びるように酒を飲むようになりました」

燃え尽き症候群とは、うつ病の一種とも考えられているが、うつ病はストレスや過労、事故や喪失などの大きなショックから始まる。それに対し、燃え尽き症候群は本来、仕事などに献身的に努力してきた人が、自分の期待した結果を得られなかった時に、自分がやってきたことは無駄だったのではないかと疑いはじめるところから発症する。

ただし、日本では、大きな大会を終えたスポーツ選手の心理状態について使われることも多い。人生最大の目標を達成し、次に打ち込むべきものを見つけられずに虚脱感に襲われる状態になる。

轟木については、おそらく後者ではないかと林田は考えていた。芸人グランプリが轟木の人生の目標であり、すべてだったことは、相方である林田が一番よく知るところである。轟木の失踪は燃え尽き症候群によるもので、グランプリでの優勝が引き金になったのではないか、と。

次ページ「なぜ、今、轟木さんがここに来るかもしれないと?」
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